2026.06.17
スタッフを注意できずに放置したことが招いた結末
Case71 とあるスタッフを注意できずにいた整形外科クリニック
今回調査したのは、ある整形外科クリニック。3年ほど前、代替わりを機にチームワークと接遇の強化を推進した施設です。院内の改装やMRIなどの医療機器の拡充、改善提案制度の導入などを行い、患者も順調に増えているようです。
当時、当社が覆面調査を引き受けたときの点数は49点(100点満点)。スタッフの身だしなみはバラバラで、挨拶もなく、淡々と患者対応をしていました。接遇向上に積極的に取り組んできたこの3年間で、どのくらい成果が出たのか、改めて覆面調査を実施し客観的に評価することになりました。
まっさらな視点で評価するため、前回とは別の調査員、A子が伺いました。
リハビリ室のスタッフに抱いた違和感
前回調査時の報告とは異なり、待合室に入ると、受付スタッフから「おはようございます」と笑顔で明るい挨拶がありました。受付で入力作業を行っていたスタッフも顔を上げ、「おはようございます」と感じの良い挨拶が続きます。以前は紙だった問診票も、オンラインで事前に入力するシステムに。初診受付がとてもスムーズで、経営努力をしっかりしているクリニックという印象を受けました。医師の診察も無駄なく円滑で、アイコンタクトもあり、患者に信頼感を与えます。
しかし、診察室にいる間に、リハビリ室の方から大きな声が聞こえてきました。どうやら明るく場を和ませているようでしたが、敬語があまり使われておらず、高齢の方に対して子ども扱いをしているような言葉遣いに違和感を覚えました。その後、A子はリハビリ室に移動。女性スタッフに機械を装着してもらいましたが、装着時の勢いが強く肩に痛みが走りました。彼女はすぐに謝罪しましたが、作業中には独り言も目立ち、患者視点では少し不安になります。
そのスタッフに化粧室の場所を尋ねると、無言で方向を指し示されました。他にも、ドアの開閉が少々乱暴であったり、視線を向けることなく次の患者を誘導していたり、気になる点が複数ありました。
結果として、大半のスタッフがとてもいい印象だったのにもかかわらず、リハビリ室での一連の流れも含めると、「立ち居振る舞い」や「心遣い」などの項目に7点(「良い」に相当)以上を付けることはできませんでした。点数は58点と、前回から9点アップにとどまりました。
図1 今回の診療所のスコア

100点中58点でした。
スタッフに結果をどうフィードバックするべきか?
調査結果を院長に報告したところ、「やっぱり、あのリハビリ室のスタッフは、そういう風に見えるのですね」と、納得した様子です。どうやら新人スタッフに強く当たることがあるという報告も受けているとのこと。
「悪い人じゃないし、長年働いてもらっているので、つい大目に見てしまうのです。これまで注意してこなかったので、今さら注意するのもためらってしまって……。でも、今回の調査を受けて、やはり本人に伝えるべきことは伝えなければいけないと思いました。この結果をそのまま発表していただけますか?」
私は、結果をそのままフィードバックすると、本人は自分のことを言われているのだとはっきり分かり、他のスタッフからも責められかねないと伝えました。また、それらが原因で退職してしまうリスクがあることや、本人が受け止め切れず深く傷つく可能性も指摘しました。今回のようなケースで結果をそのまま伝える場合、本人の頑張りをしっかりと認める丁寧なフォロー、そしてスタッフ全体に対しては犯人捜しをしないよう、全員が自分事として捉えるべきであると周知することが必須です。
院長は、これらのアドバイスを踏まえた上で、クリニック、そして本人のためにも包み隠さず伝えることが必要だと決断されました。フィードバック研修の中では、名前こそ出さなかったものの、調査員の報告をその通りに伝えることになりました。
みるみる変わっていく本人の表情、そして…
フィードバックをしていると、予想通り、本人の顔色が変わっていきます。研修の序盤は明るく元気な様子でしたが、次第に顔がうつむき、ショックを受けていることがはた目からも明らかです。業務改善の話し合いのときにも、彼女はほとんど意見を言いません。私は院長に、この研修が終わったら早めに彼女をフォローするようお願いしました。
院長と彼女は、私が同席の下、別室で直接話すことになりました。院長はまず、長く働いてくれていることに対する感謝を伝えた上で、今回の結果をどう感じたかを聞きました。すると彼女は、「何が悪いのか分かりません。改善のしようもないのに、全部私が悪いと言いたいんでしょ。私のせいで評価が下がって悪かったね。もうこんなクリニック辞めてやる!」とたんかを切り、泣き出しました。院長は、突然の出来事に困り果ててしまいました。
フォローに入った私は、まずは彼女の言い分をじっくりと聴くことに。彼女の言葉の端々から見えてきたのは、今まで自分のやり方を否定されることがなかったのに、突然注意を受けたことへの戸惑い。そして、「誰も自分の日々の頑張りを、本当の意味では見てくれていなかった」という悲しみでした。
話しているうちに彼女は冷静さを取り戻し、一度は謝罪して現場に戻ることになりました。しかし、長年蓄積された周囲との溝、関係性の断絶は、思いの外深刻だったようで、ほどなくして彼女は自らクリニックを去りました。
表1 覆面調査での主なチェックポイントと評価結果

重要なのは普段から良好な関係を構築すること
環境改善に尽力してきたクリニックが、なぜこのような結末を迎えてしまったのでしょうか。今回の出来事を、私が提唱する「関係性資本経営」の観点からひもといてみましょう。
関係性資本経営とは、スタッフ間の「つながり」や「信頼」を、組織の成長を支える「目に見えない資産」と捉える経営スタイルのことです。スタッフ間の関係に着目すると、2つの重要な反省点が浮かび上がります。
まずは、対話を避けて結果だけを突きつけたこと。マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム氏が提唱する「成功の循環モデル(The Success Cycle Model)」では、まずお互いを尊重し合い「関係の質」を高めることが起点となります。しかし今回の事例では、院長が普段から彼女と向き合うことを避け、関係性が希薄なまま、覆面調査という「結果」だけを突きつけてしまいました。これでは相手が反発し、関係がさらにこじれる……という悪循環に陥るのも無理はありません。
そして、問題のある言動を放置したこと。周囲に悪影響を与える言動を、組織として見て見ぬふりをすることは、関係性資本経営において「摩擦損失」と呼ばれる見えない負債です。ハーバード・ビジネス・スクールの研究(外部リンク)では、周囲の生産性を下げるスタッフを1人抱えることによる損失は、超優秀なスタッフが生み出す利益の2倍以上になるという結果が出ています。今回、院長が「気にはなるが、注意するのはためらわれる」と問題を先送りしていた間、他の優秀なスタッフは彼女の感情的フォローや人間関係の調整にリソースを奪われ、余計なエネルギーをすり減らしていました。
今回の調査結果を包み隠さずフィードバックし、結果的に彼女が退職したことは、クリニックにとって「荒療治」となりました。一方で、あのまま摩擦損失を放置し続けていれば、他の優秀なスタッフが疲弊し、次々と辞めていくリスクがありました。事実、彼女が去ったことでこれまでの関係性の負債(マイナスのつながり)が解消され、残されたスタッフたちは伸び伸びと働ける環境を取り戻しました。
適切な指導はパワハラではない
本事例の院長のような立場の方の中には、「指導したいが、パワーハラスメント(パワハラ)と受け取られるのでは」と不安に感じられる方も多いのではないでしょうか。しかし、パワハラとは、(1)優越的な関係を背景とした言動であって、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、(3)労働者の就業環境が害されるもの──この3つの要素をすべて満たすものと、厚生労働省は定義しています(外部リンク:厚労省)。つまり、業務上必要かつ相当な範囲での指導は、パワハラには当たりません。むしろ、指導を怠って問題を放置すると、本事例のような結果を招き得ます。「落ち着いて、丁寧に、誠実に伝える」ことの積み重ねが、健全な組織を育てる土台になります。
今回の一件は院長にとって、問題から目を背けず、「耳に痛いことでも伝えるべきことは伝える」という教訓となりました。今では日常的にスタッフと向き合い、小さな頑張りにも声をかけ、スタッフも気兼ねなく意見を出せるようになり、職場に心理的安全性がもたらされています。その結果、スタッフが自ら考え、一歩踏み込んだホスピタリティーを発揮する「成功の循環」が、回り始めています。
今回のチェックポイント
□日頃の対話を避け、売り上げや患者数目標だけをスタッフに突きつけていませんか?
□周囲に悪影響を与える言動を、「気まずいから」と見て見ぬふりをしていませんか?
□耳の痛いことでも、組織のために伝えるべきことをきちんと相手に伝えていますか?

