2025.08.20
カスタマーハラスメントと向き合う受付現場の苦悩
Case67 カスハラによるスタッフの離職があった内科クリニック
「こっちは急いでるんだよ!」「順番、間違ってるんじゃないのか!」
待合室に怒声が響く。スタッフは顔をこわばらせ、患者たちは居心地悪そうに目を伏せる──。
今回、覆面調査員A子が訪れたのは、政令指定都市の隣の市に位置する中規模のクリニックです。地域密着型で、地元の高齢者を中心に多くの患者が訪れるのですが、同時に、上記のように強い口調で不満をぶつける「困った患者」も少なくないとのこと。特定のスタッフが繰り返し怒声を浴びせられることが何回かあり、中には体調を崩し、離職に至ったケースがあったそうです。
「スタッフに落ち度があるとはあまり思えないが、なぜ、患者から度々文句を言われてしまうのだろうか。ハラスメントを受けないようにするための振る舞いを教えてほしい」──。院長からこうした依頼があり、現状分析をすることにしました。
素っ気ない対応が目立つ受付スタッフ
覆面調査員A子が訪れたのは、平日の午前10時。待合室はすでに10人以上の患者で埋まり、中には立って待つ人の姿もありました。室内は空気が張り詰め、どこか苛立ちのようなものが漂っていました。
来院しても、受付スタッフからの声掛けは特にありません。初診であることを伝えると、「保険証かマイナンバーカードをお願いします」と、無表情で事務的な対応が返ってきました。手間取っていると、「分からないなら保険証で大丈夫です」と少し、せかすような口調で言われました。親切から出た言葉だとは思うのですが、アイコンタクトも笑顔もありません。
一方、中待合や診察室では、体調に配慮する言葉を掛けられ、看護師などは笑顔もよく見せてくれました。その分、受付スタッフの対応のギャップが際立っていました。受付スタッフの応対そのものに大きな問題はないものの、患者の不安や緊張を和らげる配慮が不十分な印象です。通っている患者の気持ちになると、「またいつものように待たされるのか」「冷たく対応されるのか」などという懸念が静かに蓄積していく構造があるように感じました。
全ての調査が終わりましたが、このクリニックには接遇に関して特別、大きな問題があるとはいえませんでした。むしろ、多くのスタッフは忙しい中でも丁寧に応対しようとしていると感じました。しかし、特定の患者から執拗なクレームを受けやすい受付スタッフが存在しているのも事実です。
一度、スタッフにゆっくりヒアリングをする機会を設けることになりました。
図1 今回の診療所のスコア

100点中52点でした。
患者の強い言葉が精神的な負担に
後日、受付スタッフに状況を聞いたところ、「同じ説明をしても、特定のスタッフには怒鳴るのに、他の人には強く言わない患者がいるんです」「昨日も、『お前じゃ話にならん、責任者を出せ』と大声で怒鳴られました」などと、一生懸命仕事をしているにもかかわらず、患者の強い言葉によって精神的に追い詰められ、苦悩していることが伝わってきました。自身を持って患者対応ができていないようです。
こうした「ターゲット化」が進行すると、スタッフは自己効力感を失い、ついには離職につながることも少なくありません。実際、このクリニックでも過去にそのような事例が複数回、発生しているとのことです。
正当なクレームならいざ知らず、度を超した患者の振る舞いは一般的に、「カスタマーハラスメント」(以下、カスハラ)と呼ばれています。厚生労働省はカスハラを「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」(「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」から)と定義しています。近年、社会問題化しており、2026年施行予定の「労働施策総合推進法」の改正により、カスタマーハラスメント対策が企業に対して義務化される予定です。
医療機関においても例外ではなく、暴言、暴力、過剰な要求、人格否定的言動などが日常的に発生しています。しかし、患者という立場や医療者の使命感ゆえに、こうした被害は「仕方がないこと」「我慢すべきだ」として、相談することができず、見過ごされがちです。
今回のケースにおける院内ヒアリングでは、以下のようなカスハラ事例が報告されました。
・「何でこんなに待たせるんだ!」と机を叩き、受付スタッフに詰め寄る
・順番の前後を説明しても、「お前じゃダメだ、責任者を出せ!」と怒鳴り続ける
・性的な言動や身体接触を伴う不適切な振る舞い
これらはある特定の患者によるものではあるのですが、一部、刑法上の「脅迫罪」「暴行罪」などに相当するものもあると感じました。
スタッフの心身への配慮も重要
それでは、ハラスメントが発生した場合、現場スタッフの心と身体をどのように守ればいいのでしょうか?
ハラスメントが起きたとき、まず必要なのは「正確な事実確認」と「スタッフの心身への配慮」です。この際、留意していただきたいのは、スタッフを責めるような聞き方をするのではなく、まず「どのような言動があったか」「どう感じたか」を丁寧に確認し、感情面への共感と配慮を忘れない点です。
その他にも、一時的にその患者の対応を別のスタッフが対応する、可能であれば、入力業務など患者接点の少ないポジションに配置する、必要に応じて外部のカウンセリングを紹介する、などの対応をお勧めします。
また、院内には「迷惑行為防止ポスター」などの掲示を行い、医療機関として毅然とした姿勢を示すことも有効です。日本医師会や厚労省のウェブサイトにポスターの例が紹介されていますので、活用できるかもしれません。
もう1点、見落とされがちなのが、スタッフのプライバシー保護の観点です。ターゲットとなったスタッフの氏名や勤務シフトを患者に知られた結果、プライベートな時間にSNSなどで嫌がらせを受けたという例も発生しています。スタッフの情報管理と、プライベートも含め、何かあった際の報告体制の整備は今後さらに重要になるでしょう。
カスハラを未然に防ぐ接遇術は?
こうしたカスハラは、スタッフの接遇を改善することによってもある程度、予防することができます。患者のクレームを「怒り」に発展させない対応が大事なのです。
今回、スタッフからヒアリングしていると、こんな言葉がありました。
「正直、患者さんに強く言われるとカチンと来てしまい、同じことを何回も質問されると、『さっきも言いましたよね』と言いたくなります。さすがに言葉に出すことはないですが、顔にはムッとした雰囲気が出ているかもしれません」
これは当然の反応と言えます。しかし、そうした瞬間こそ、相手の怒りに着火するかどうかの分岐点なのです。だからこそ、「患者はそもそも体調に不安を抱えて受診している」ということを思い出し、一歩引いて、「この患者は今、不安や怒りをぶつけるしかできない状態なんだ」と見つめ直す視点を持ってみてはいかがでしょうか。
反射的に怒りを返すのではなく、相手の言葉にある「伝えたい気持ち」に目を向けると、解決に向けて、別のアイデアが生まれます。例えば、患者の「何でこんなに待たせるんだ!」という言葉は、単に待たせる理由を聞きたいのではなく、「済ませたい予定がある」「体調がいつもより優れない」などの背景があるかもしれません。こうした気持ちに寄り添うような声掛けは、研修やロールプレイで鍛えることができる重要なコミュニケーションスキルです。
もちろん、全ての患者が「適切に対応すれば落ち着く人」とは限りません。中には、わざと混乱を起こすような悪質クレーマーが存在することも事実です。だからこそ、複数で対応、判断し、毅然と対応する体制を整える必要があります。医療従事者にありがちな「黙って耐える」対応を脱し、困ったら院長などにすぐ相談するということをルール化するとよいでしょう。
覆面調査後のフィードバック研修では、怒りに着火させないための声掛け術に加えて、スタッフが単独で悩まずに済むような「組織としての仕組みづくり」についてもアドバイスしました。受付スタッフからは「患者が怒っているのではないかと心配になり、目を見ずに対応していたことがありました。それが逆効果になっていたことを知りました」「強い口調でクレームを言われた際に、すぐにベテラン看護師が出てきてくれる体制があると、安心して患者に対応できます」などの意見が出ました。
大事なのは「強く言われるのは、私のせいですか?」と問うスタッフに、「あなたのせいじゃない」と言える組織であることです。カスハラの被害を最小限に抑える努力を続けることで、スタッフの定着率が高まり、医療の質を守ることにもつながります。
〔今回のチェックポイント〕
☐現場でカスハラが起きている可能性を認識していますか?
☐カスハラを未然に防ぐ声掛けを練習していますか?
☐悪質なカスハラに組織で対応する仕組みはありますか?
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