2025.10.29
コミュニティークラッシャーの看護師におびえる職員、院長は苦悩…
Case68 スタッフ同士の関係が崩れつつある耳鼻咽喉科クリニック
今回、依頼があったのは、閑静な住宅街にある耳鼻咽喉科クリニック。問題の発端は、30歳代前半の看護師B子です。B子は看護学校を卒業してすぐに入職し、勤続10年目を迎えた中堅スタッフです。仕事ができ、手際も良く、患者対応もスピーディー。しかし最近、患者から「子どもへの対応が怖い」「押さえ付けるような接し方でかわいそう」といった声が寄せられていました。院長に対しても口調が強く、高圧的な態度が目立つようになったといいます。
また、院長が最も悩んでいるのが「職場がギスギスしてきた」こと。B子は同僚に対してハラスメントに近い言動を取ることが多く、率直な物言いができるタイプのスタッフは比較的長く勤めるものの、控えめで相手に配慮する性格のスタッフは次々と退職しているようです。昔と比べると院内ミーティングでも積極的な発言が減っており、「日頃の患者への応対も心配だ」と院長は話します。こうした職場の空気を変えるため、現状把握を目的に覆面調査を依頼されました。
挨拶のない受付、沈んだ空気
来院当日、覆面調査員A子がクリニックに足を踏み入れると、院内は清潔感がある一方で、どこか張り詰めたような雰囲気が漂っていました。待合室は狭く、立って待っている患者もおり、快適とは言い難い環境です。
受付では、こちらから声を掛けるまで誰も挨拶をせず、目を合わせようともしませんでした。初めて来た患者への案内や気遣いの言葉はなく、ただ流れ作業のように業務が進んでいきます。処置室でも同様で、スタッフ同士の声掛けや笑顔が少なく、あたたかみが感じられませんでした。
スタッフの身だしなみも、やや気になる点がありました。受付スタッフはピアスやネックレスをつけ、髪が顔にかかって疲れた印象を与えています。看護師も胸ポケットに入ったものでユニホームがよれ、耳には複数のピアス。清潔感への意識が少し薄れているように感じました。
全体的に、笑顔や挨拶といった基本的な行動が習慣化されておらず、患者との間に「心の距離」が生まれてしまっている様子でした。
強い口調に表れる「焦り」と「余裕のなさ」
A子が採血のために室内に案内されると、そこに看護師B子がいました。B子の言葉遣いは極めてカジュアルでした。
「はい、荷物はここ」「腕出して」「アルコール大丈夫?」
まるで友人に話しかけるような口調です。3歳ほどのお子さんを連れた母親には、「お母さん、ちゃんと押さえて!」「次の人が待ってるから早く!」と強い口調で指示していました。お子さんは泣きじゃくり、待合室全体が気まずい空気に包まれました。他のスタッフは、見て見ぬふりをしているようで、お子さんや母親、B子をフォローする様子はありません。
B子に悪意があるわけではなく、むしろ「効率的にこなしたい」「待っている患者にスムーズに受診してほしい」という責任感の強さが裏目に出ている印象でした。心の余裕がなくなっていたのかもしれません。
待合にある一部の椅子は、診察室と採血室との動線上に配置され、通路は人がすれ違うと体が触れ合うような狭さです。A子の膝にスタッフの足が当たっても、「失礼します」の一言もなく、慌ただしく立ち去っていきました。物理的な余裕のなさが、そのまま心の余裕のなさにつながっているように思えました。
図1 今回の診療所のスコア

100点中40点でした。
看護師が荒れた原因は…給与をめぐるトラブル?
調査結果を院長に報告したところ、「やはりB子に問題がありそうですね」と肩を落としました。詳しく話を聞くと、院内では最近、スタッフ間でトラブルがあったといいます。新しく入職した看護師のC子とB子との間で、「給与条件の違い」をめぐり、摩擦が生じたとのことでした。
C子は総合病院で5年の経験を積んだ即戦力人材であり、給与水準が入職時からやや高めに設定されていました。そのことがきっかけとなり、B子が強い言葉を発してしまったのです。周囲から見ても「嫉妬」や「焦り」のような感情が見え隠れし、職場の雰囲気は一層ぎくしゃくしたといいます。
院長が事情を確認しようとすると、B子は「私は悪くない!」と声を荒らげ、最後には院長を名前で呼び捨てにして、指をさしたそうです。
院長は驚きと同時に、どこか深い悲しみを感じたといいます。「ここまで心がすさんでしまっていたのか」と──。
チームの再出発
覆面調査の結果を報告した後のフィードバック研修では、個人を責めることはせず、主に「患者との関係性を良くするには、まずスタッフ同士の関係を整えることが大切だ」と伝える機会にしました。
課題として、スタッフが共同で「接遇行動指針10カ条」を作成しました。模造紙と付箋を使い、「こういう言葉はうれしい」「こういう態度は控えたい」と1人ずつ書き出し、グループで話し合ってまとめていきました。
最終的に10カ条に選ばれたのは、「笑顔で挨拶」「敬語を丁寧に」「1日1回ありがとうを伝える」「頭ごなしに否定しない」「相手の立場で考える」など。日々の業務の中で忘れがちな、人としての基本姿勢です。
その後、朝礼で行動指針から1項目ずつピックアップし、スタッフが交代で短くスピーチをするようになりました。
最初はぎこちなかった雰囲気も、少しずつ笑顔が戻り、スタッフ間の会話も増えていったそうです。指針を「守らせる」のではなく「一緒に育てる」取り組みを続けたことが功を奏しました。
B子もやがて、自分のやり方に疑問を持つようになり、数カ月後、「別の診療科でも学びたい」と退職。新しい職場へと円満に旅立ちました。
互いを大切にする文化が、患者に伝わる
患者対応のスキルを磨くことも大切ですが、スタッフ同士の関係が穏やかでなければ、真のホスピタリティーは生まれません。人が人に優しくするには、まず職場の中に「安心して働ける空気」が必要です。
このクリニックのように、チームの信頼関係を取り戻すことができれば、自然と患者にも優しさが伝わり、組織全体のウェルビーイングが高まっていきます。院長も「スタッフ同士の仲が良くなったことで、患者さんの表情まで柔らかくなった」と語りました。
最近、経営でも「ウェルビーイング」という言葉がよく用いられます。これは、職場の雰囲気が穏やかで、人が安心して力を発揮できる状態を指します。ウェルビーイングな環境を整備するには、誰かを変えようとするのではなく、一人ひとりが「心を整える」ことで、互いを思いやる文化を築くことが大事なのだと改めて感じさせられたケースでした。
職場の同僚を思いやるのもホスピタリティーの心が必要で、相手を思う小さな行動の積み重ねによってチーム内の信頼関係が構築されていきます。医療現場の一人ひとりが心を整え、互いを尊重し合うこと。それこそが、「患者にもスタッフにも優しい医療」を実現する第一歩なのだと思います。
〔今回のチェックポイント〕
☐ハラスメント防止に向けた勉強会や対策を実施していますか?
☐スタッフ全員で行動指針を作り、共有していますか?
☐理念や行動指針に反する行動に対してきちんと注意できていますか?
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