覆面調査ルポ

2026.01.16

髪色ルールを撤廃したら…なぜか増えた「感じが良くない」の声

Case69 身だしなみ基準を変更したクリニック

 今回のご依頼は、内科・整形外科・皮膚科・眼科の4つの診療科を有する、大規模なクリニックからのものでした。

 こちらのクリニックでは近年、若いスタッフの入職が相次いだ一方で、「感じが良くない」「不親切だ」といった苦情が散見されるようになったそうです。その原因を、主観や思い込みの入らない第三者のプロの視点で把握したいとのことで、覆面調査の実施に至りました。


華美な身だしなみと幼く映る口調
 
 来院当日。覆面調査員A子は、駅から徒歩5分という利便性の高い立地と、白を基調とした清潔感のある内装から、「安心できるクリニック」という第一印象を持ちました。
 
 しかし受付に入ると、3人の受付スタッフが1カ所に集まり談笑しています。A子に気付くと、同時に動きを止めて対応に移りましたが、その切り替えがやや不自然に映りました。一呼吸置いてから「こんにちはぁ~」と語尾を伸ばす話し方で挨拶され、丁寧ではあるものの、やや幼い印象を受けます。
 
 受付スタッフの3人はいずれも長い髪を1つにまとめていましたが、毛先にうねりや傷みが見られ、清潔感の面で少し気になります。毛先を整えたり、シニヨンスタイルなどにまとめたりすることで、落ち着きと上品さが加わるでしょう。また、髪色がかなり明るいスタッフや、つけまつげが目立つ看護師もいました。安心感や信頼感が重視される医療機関の特性を考えると、もう少しナチュラルな印象に整えることで、より安心感につながると感じました。
 
 一方で、説明時には柔らかい表情でアイコンタクトを取りながら対応しており、その点は非常に好印象です。だからこそ、身だしなみとのギャップが惜しく感じられました。


基本はできているものの…、細かなマイナス要素が目に付く
 
 受付スタッフの言葉遣いについては、「カルテにご記入ください」「〇番でお待ちください」など、基本的な敬語は適切に使われていました。ただ、「お待ちくださぁい」「~になりまぁす」といった語尾の上がりや伸びが頻繁に見られ、やはり幼い印象を与えていました。また、カルテに記入漏れがあった際に「あー、こちらもー」と曖昧な表現で対応される場面もありました。説明時の声量が小さく、流れるように話されていたため、要点が伝わりにくいことも。初来院者には特に、一語一語区切りながら丁寧に伝える工夫が望まれます。
 
 院内全体は来院者の動線がよく考えられており、診察室、施術室ともに適度な広さが確保され、落ち着いて過ごせる空間でした。トイレには明るい照明と大きな鏡を備えたパウダールームも設けられています。
 
 一方で、待合コーナーはパーティションのみで仕切られており、受付側や裏口付近でのスタッフ同士の会話が聞こえやすい環境でした。業務外の私語が来院者に届いてしまっている点は改善の余地があるでしょう。
 
 総じて、院内環境や基本的な応対姿勢は整っているものの、医療機関としてはやや華美に映る身だしなみ、語尾が上がる話し方、来院者対応をしていない時間帯の砕けた雰囲気が、「感じが良くない」「不親切」といった印象につながっている可能性がある──と覆面調査員A子から報告されました。
 
図1 今回の診療所のスコア


100点中56点でした。


令和流の身だしなみ基準、どうする?
 
 以上の調査結果を理事長、事務長、看護師長に報告したところ、看護師長からは「やはり、プロの目から見ると医療機関としては違和感があるのですね」という率直な言葉が返ってきました。
 
 詳しく話を聞くと、こちらのクリニックでは昨今の多様性尊重の流れを受け、身だしなみ、特に髪色に関するルールを撤廃し、個人の判断に委ねる方針へと変更していたとのことでした。以前は厳格な基準を設けていましたが、「時代に合わないのではないか」「若い人材の採用につながらないのではないか」という意見が出て、院内で何度も議論を重ねた結果、髪色の自由化に踏み切ったそうです。
 
 この判断自体は、決して間違いではありません。実際、近年の調査でも、患者の7割超は身だしなみルールから多少外れていても「特に気にならない」と回答しています(クラシコプレスリリース、2022/9/15)。髪色が多少明るいだけで即クレームが来る時代ではなくなってきているのが事実です。重要なのは、髪色の明るさそのものよりも、「清潔感」「整い方」「全体のまとまり」でしょう。黒髪であってもボサボサで手入れが行き届いていなければ不安を与えますし、明るめの髪色でも「丁寧で落ち着いた応対をしていれば気にならない」という患者の声も多く見られます。
 
 ただし、「医療現場らしさの境界線」は確実に存在します。命を預ける場所である以上、一般の接客業と比較して、“やり過ぎ”に対する患者の感度は確実に高い領域です。実際に、複数の患者アンケートにおいて、25%程度の患者から「髪色を明るくしてはいけないというルールが必要だ」という声が聞かれる事実は無視できません。明る過ぎる金髪、原色やインナーカラー、伸びかけのプリン状態、まとめていない長い髪などは、「清潔感がない」「医療機関にそぐわない」という不安につながりやすいことが、複数の研究や調査で示されています。これらの要素があると、患者は細かなマイナス点に目が行ってしまう可能性があると認識しておきましょう。
 
 さらに、今回のケースにおける問題は、「ルールをなくしたこと」そのものではなく、「基準が何もない状態」になってしまったことです。
 
 組織を運営する上では、「ルールがないと注意できない」という現実があります。どこまでが許容範囲で、どこからがやり過ぎなのかが曖昧な状態では、管理職は「なんとなく」で注意せざるを得なくなります。すると、「あの人は注意されていない」「価値観の押し付けだ」といった不満が生じやすくなり、指導そのものがハラスメントと受け取られるリスクも高まります。
 
 つまり、身だしなみ基準は、職員を縛るためのものではなく、職員と管理職の双方を守り、組織の公平性を担保するための仕組みでもあるのです。


厳し過ぎず、かつ基本を外さないために
 
 私はこのクリニックに対し、「身だしなみ基準作成プロジェクト」の立ち上げを提案しました。過去のような画一的で厳しいルールに戻すのではなく、科学的根拠や最近の医療機関の動向を踏まえたうえで、「緩さもありつつ、基本は外さない」基準を、現場のスタッフと一緒に作ることを目的としたプロジェクトです。
 
 基準を作る際のポイントは、「清潔感」「常識的」といった主観的な言葉を使わず、前髪が目にかかっていないか、肩につく髪はまとめているか、根元の色差はどの程度までか、といった客観的な事実で判断できる項目にまで落とし込むこと。また、髪色についても「明るい・暗い」という感覚的な表現ではなく、トーン表を使って明確化し、クリニックのブランドイメージや患者層に合わせて許容幅を設定しました。
 
 さらに、各ルールには必ず「なぜそうするのか」という理由を添え、写真付きのOK・NG事例を共有することで、イメージのズレをなくしました。例外対応も申請制で受け付け、判断基準を明確にすることで、スタッフ間で不公平感が生じない仕組みを整えました。
 
 この取り組みの結果、現在では、各部署で毎朝チェックリストを使った身だしなみ確認が定着しつつあるそうです。スタッフからは、「上長や来院者に注意されなくなった」「身だしなみに迷わなくなった」という声も聞かれるようになりました。
 
 身だしなみの基準は、「厳しくする」「自由にする」の2択ではありません。時代の変化や多様性を尊重しつつ、医療機関に求められる安心感・信頼感という軸は外さない。そのために、少し幅を持たせた、合理的で説明可能な基準を持つことが、令和の医療機関に求められているのではないでしょうか。
 

〔今回のチェックポイント〕
☐身だしなみの基準を文章と写真で示し、誰でも同じ判断ができる形にしていますか?
☐その基準が「なぜ必要か」という理由を添えて、スタッフに共有できていますか?
☐基準から外れたときに、「運用ルール」として注意できる仕組みがありますか?
 
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