改善事例

2021.06.07

覆面調査ルポ 焦ると大声が出る院長、パワハラ加害者に?

Case28 受付職員に苦情が殺到する耳鼻科クリニック

 今回は、ある耳鼻咽喉科クリニックに対する調査についてご紹介します。当初は、患者からの苦情が多い受付スタッフがいるという理由で、院長から覆面調査を依頼されました。

 このクリニックは地域の基幹病院の近くにあり、病院に行った高齢者がついでに通いやすいという理由もあって、順調に患者数を伸ばしていました。しかし時折、患者さんから「受付の人が怖いから予約の電話をしたくない」とか、「あんな態度の悪い人は、受付じゃなくて中の仕事に変えたほうがいいんじゃないか」などと意見をもらっており、院長は「早めに改善しないと患者離れが起きてしまう」と危機感を抱いていたそうです。

 院長が一度、このスタッフに患者対応のことで注意したところ、返事もあまりせずに反省の色が見えないばかりか、しまいには逆ギレされたとのこと。どうすればこのスタッフが態度を改めてくれるのだろうかと悩まれていました。

 早速、詳細を探りに覆面調査員のA子が訪ねていきました。看板は遠くからでも判別しやすく、明るくて親しみやすい外観のクリニックでした。しかし玄関から中に入ると、受付のスタッフには笑顔がなく、素っ気ない声で「こんにちは。初診ですか?」と声をかけられました。アイコンタクトもなく、とても愛想のない対応でした。その後、終了時間ちょうどに来た患者に対して、「あ、診察の受付は終わりました」と事務的にあっさり断っていて、少々驚いたそうです。

 診察室に入ると、看護師が笑顔で迎えてくださり、A子はほっとしました。ところが、奥にある診察台から大声が聞こえてきて診察室の空気は一気に凍り付きました。子どもの鼻の吸引をしていたのですが、嫌がる子どもを押さえているお母さんと看護師に対して、院長が「もう! 動かないで! ちゃんと、押さえといて!」と診察室全体に響き渡る声で指示していたのです。叱責された看護師は返事をすることもなく、無視をしていたそうです。

 処置が終わると、子どもはあっけらかんとしていましたが、お母さんは浮かない顔でしょんぼりとしながら診察室を出ていったそうです。A子は「受付スタッフの対応も良いとはいえないが、何よりも院長が声を荒らげている様子が、非常に気になった」と話していました。

 

今回の診療所のスコア


100点中47点でした。


 覆面調査を実施すると、時にはスタッフだけでなく院長に対しても厳しく指摘しなくてはならない点が出てきます。その際は、スタッフの目に触れるチェックシートの文言は柔らかい表現に変えつつ、院長には別の場で指摘するなど、組織運営に配慮した方法でお伝えします。

 今回も、まずは院長のみにチェックシートをお見せしながら、丁寧にお話をいたしました。すると、院長から突然、悩みを相談されたのです。

 「実は先日、看護師から急に退職すると言われました。その原因が、私のパワーハラスメントだと言うんです。そのときも診療中に子どもが動いてしまい、危なかったのでその看護師に『なんでちゃんとやらないんだ! いつも言ってるだろ。いつになったらうまくできるんだ!』と大きな声で言ってしまったのです」

 診察後に院長は「大きな声を出して悪かった」と謝ったそうですが、翌日、その看護師から「これまでずっと我慢してきましたが、もう耐えられなくなりました」と退職願が出されたとのことです。

 院長は普段はとても穏やかで、何の問題もなく会話できる方です。ですが、診療中に忙しくなったり細かい作業が求められて余裕がなくなると、感情的になってしまうと自覚されていました。「昔からの悪癖で気を付けるようにはしていますが、つい大きな声になってしまうのです……」とかなり、落ち込んだ様子でした。

 話はこれで終わりません。「後日、辞めた看護師から連絡があって、『先生からの威圧的態度のせいで、急に退職することになったので、退職金をいただきたいと思っています。パワハラの分、当然、多めに提示してもらえますよね?』と脅しにも近い連絡がありました」と院長。正直なところ、今回の状況だけでは院長の行動が即パワハラになるとは断言できません。しかし結局、院長は退職金をやや多めに支払ったそうです。労働トラブルによって診療に集中できなくなることだけは避けたいという判断からでした。

 このクリニックの雰囲気を悪化させている要因の1つとして院長の振る舞いが挙げられます。それが受付スタッフの態度に表れているようでした。そこで、まずは院長を含めた職員全員にパワハラ防止のための研修を行い、風通しを良くすることで、このクリニックを「患者がより安心できる環境」にしていこうと考えました。

 そもそも職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く人に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えたり職場環境を悪化させる行為のことを指します。


【パワーハラスメントの6類型】(厚生労働省による)

(1)暴行・傷害(身体的な攻撃)
(2)脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
(3)隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
(4)業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
(5)業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
(6)私的な部分に過度に立ち入ること(個の侵害)

 

【職場のパワハラチェック】

1つでもあれば、言葉による職場のパワハラとなることがあります。注意しましょう。
(1)叱りながら物差しや書類で頭を小突く
(2)物を投げつけたり、ごみ箱を蹴りつける
(3)部下のミスに対し、人前で強い口調で叱責する
(4)「バカ」「愚図」「のろま」など屈辱的な言葉で叱責する
(5)「お前なんかクビだ」などと脅かす

(厚生労働省「あかるい職場応援団」が公表している研修資料を一部改変)


 業務上の必要な指示や注意・指導を不満に感じた場合でも、業務上の適正な範囲で行われているのであればパワハラには該当しません。例えば、上司は自らの職位・職能に応じて権限を発揮し、業務上の指揮監督や教育を行うことが役割です。職場のパワハラ対策は、そのような上司の適正な指導を妨げるものではなく、各職場で「何が業務上の適正な範囲で、何がそうでないのか」という範囲を明確にし、適正な指導をサポートするものでなければなりません。

 具体的なハラスメント事案が発生した場合に、それがパワハラであったかどうかを判断するには、そのときの状況など詳細な事実関係を把握し、各職場での共通認識や裁判例を参考にしながら判断します。

 今回の事例では、「慰謝料」を支払うほどの行為だったかどうか何とも言えない状況でした。ただ、再発を防止するために以下の取り組みを行いました。

 まず、院長がこれまでの姿勢を改めることを決意し、職場からパワハラを一切無くすことを宣言しました。また、今回は第三者であるキャリアコンサルタントにパワハラの相談・解決の窓口役になってもらいました。キャリアコンサルタントは職員から「これまでの業務でパワハラと感じた事例」をヒアリングし、その内容から、業務上の適正な範囲はどこまでか、具体例を基に精査。パワハラに関する職場ルールや就業規則の関連規定を設けました。

 職員向けの研修では、「この行為はパワハラに当たるのか、そうでないのか」といった具体例を主に取り上げて解説しました。職場全体でパワハラに対する知識を持つことが、パワハラそのものや、適切な指導だったのにもかかわらずパワハラだと訴えるような事例の発生を防ぐことにつながります。

 加えて、職員向けに今回の覆面調査結果をフィードバックし、患者対応についての研修を行いました。受付スタッフの対応を改善するため、「患者が気持ちよく協力してくれる方法」として、笑顔やアイコンタクトの重要性を伝えたり、相手への配慮を示す言葉である「マジックフレーズ(クッション言葉)」を付けて患者に要件を伝えることの重要性をお話しさせていただきました。

 
〔今回のチェックポイント〕
☐パワハラの範囲を職場で共有できていますか
☐待合から診察室まで「安心できる環境」を提供できていますか
☐笑顔やアイコンタクトの重要性を理解していますか
 
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