覆面調査ルポ

2021.06.14

覆面調査ルポ スタッフの「作り笑い」に意外な効果

Case30 受付が冷たい印象の小児科・内科クリニック

 今回、覆面調査を行ったのは、ある小児科・内科クリニックです。接遇に力を入れている院長がいるという知人からの紹介があり、当初はご挨拶と情報交換をする目的で伺いました。

 「接遇に力を入れているとお聞きしたのですが、具体的にはどのようなことをされているのですか」と院長に聞くと、まずは開院時にみっちりと接遇研修をして、1年前も取引先からの紹介で講師を招き、研修を行ったとのこと。院長の対応も終始丁寧で、院長が率先して接遇に力を入れているという印象を受けました。私は正直な気持ちから「素晴らしいですね」と伝えました。

 しかし、院長は浮かない顔をしています。そこで「研修の効果はいかがでしたか」と尋ねたところ、「実は全然、効果が出ていなくて……。問題は、うちで5年以上働いている受付スタッフのA子です。接遇研修をやっても『そんなの分かっている』という態度で、研修に積極的に参加しようという姿勢が見られませんでした。実際、地元の方や患者さんから、よく『A子の感じが悪い』と言われるんです。ここは小さな町で、クリニックに直接、苦情を言う方はあまりいないのですが、町内のイベントや会合の場で耳にすることがありまして」と悩みを打ち明けてくれました。

 そんな院長に私は「学習のステップ」(後述)についてお話ししました。すると、院長から「A子に現状を自覚してもらうためにも、ぜひ、覆面調査をお願いしたい」と依頼されました。


「言うべきことを話しているだけ」という印象
 
 早速、覆面調査員のB子がクリニックを訪問しました。院内に入ると、ちょうど問題の受付職員A子がいました。B子が院内に入っても、A子はPCの画面を見たままで、何の挨拶もありませんでした。A子が無反応なため、B子は「ここから入ってよかったのかな」と不安に思ったようです。入口と受付の距離はとても近く、間に他の患者もいない状態だったので、気が付いていないということはないはずです。なのに挨拶を全くしないというのは、印象を悪くします。

 さらにA子は大きなマスクをしており、眼鏡もかけているため表情が分かりづらく、話しかけにくい雰囲気があったようです。受付のやり取りでは、A子は必要事項などをきちんと話していましたが、「自分が言うべきことを話しているだけ」という印象で、患者側がきちんと理解して聞いているかなどは、気にしていないように感じました。良く言えばテンポ良く話しているのですが、初めての患者やお年寄りは早口に感じるのではないかと思います。また笑顔が全くなく、冷ややかな印象にも映りました。

 待合室は、壁際に沿って長い椅子が設置されており、その前を歩いて奥のお手洗いに行くという構造になっています。たまたまB子が座った場所の前に、血圧計を置いた机と椅子があり、通路が狭くなっていました。その前を受付のA子が1往復した際、B子は足を引っ込めて通りやすいように配慮したのですが、A子は挨拶も会釈もなく、行き帰りとも無言で素通りしたようです。

 このように、作業はきちんとこなしていても、表情や言動から優しさを感じられず、冷たい印象でした。これは小児科を標榜する医療機関にとっては大きなマイナスポイントです。病気の子を抱え、不安にかられ、看病で疲れている母親には、表情や言葉で共感することが求められるからです。

 

今回の診療所のスコア


100点中47点でした。


なぜ、医療機関で笑顔が必要なのか
 
 調査終了後、結果をフィードバックして改善策を検討するための研修を行いました。研修では個々のスタッフに配慮し、名指しで問題点を指摘するようなことはしませんが、受付職員A子は、自分の対応に問題があったことに気付いたようです。冷たい印象を与えていることに全く気付いていなかったようで、非常に驚いていました。

 A子も含め、職員の笑顔が少ないと感じましたので、私は研修で「笑顔の作り方」を伝えることにしました。笑顔は自然に出てくるに越したことはないのですが、なかなか笑顔が出にくい人は、笑顔を作る練習をすることも効果があります。
 
笑顔を作る方法は次の通りです。
(1)口の形を「イ」にする
(2)口角(口の両端)を上げる
(3)前の歯を少し見せる
(4)口を隠して、目も笑っているかチェックする
 
 鏡を渡して、自分の顔をチェックしながら笑顔を作る練習をしました。次に受講生がペアになり、お互いに笑顔が作れているかチェックしました。すると、不思議なことに皆さん自然に笑顔になるのです。笑顔を作る練習を対面で行うと、自然に笑顔があふれてきます。

 皆さんは身近な人や大切な人、対面した患者の笑顔を見たとき、どのような気持ちになるでしょうか。安心できる、ほっとする、うれしい気持ちになるなど表現はいろいろだと思いますが、幸せな感情を持つことは間違いないと思います。つまり、医師や看護師、受付職員が笑顔でいるだけで患者に幸せな感情を持ってもらうことができるのです。繰り返しますが、始まりは「作った笑顔」でも構いません。

 興味深い実験があります。糖尿病患者の食後の血糖値について、大学の講義を聞いた後と比べて、吉本興業の漫才を聞いてさんざん笑った後の方が低い値を示していたというものです。他にも「笑い」が健康に結びつくという研究結果は幾つもあります。反対に、職員がブスッとしていたり表情が読み取れないようだと、患者は不安な気持ちを抱くことになります。

 これらの内容を研修で伝えたところ、受付職員のA子は「クリニックの職員が笑顔でいるべき理由を初めて教えてもらった」と話していました。そして、「患者を少しでも元気にすることが職員のすべきことなので、これからはもっと笑顔を出していきたい」と約束してくれました。


研修内容を身に付けてもらう4つのステップ
 
 ではA子は、なぜ通常の接遇研修には興味を持てなかったのでしょうか。それは「学習のステップ」を順に踏んでいないからであるということが理由として挙げられます。

 学習には4つのステップがあります。1つ目は「できないことを知らない状態」です。恐らく、A子はこの状態だったことが推測されます。つまり、自分自身が患者に対してどのように対応していて、それがどういう風に受け取られているかを知らないのです。「自分はできている」と勘違いしているため、どんなに接遇の研修をしても響かないのです。

 こういう方に対しては、覆面調査によって患者からどう受け止められているかを知ることが効果的です。

 学習のステップの2つ目は「できないことを知っている状態」です。この状態になって初めて、「できるようになりたい」という意欲が湧いてくるのです。

 ただ、研修内容が身に付くまでには、さらにステップを踏まなくてはなりません。3つ目のステップが「意識すればできる状態」です。患者接遇で私がいつも伝えているのが「ニコニコ、ハキハキ、キビキビを意識して、きちんと挨拶・声掛けをするようにしましょう」という内容です。これは決して難しいことではありません。意識すればほとんどの方ができることです。例えば、正しい姿勢で座る方法を受講生に伝えて、美しい座り姿になってもらいます。受講生は言われた通りに意識すれば簡単に美しい座り姿になることができます。

 次にその姿勢をこの研修の時間だけでもキープしておいてください、と伝えます。そして15分くらい別の話をしてから、「では、今の姿勢はいかがですか? 先ほどの姿勢をキープできていますか?」と尋ねると、多くの方が姿勢を崩しているものなのです。

 学習のステップの4つ目が「意識しなくてもできる状態」です。患者への接遇というのは常に求められるものですので、このレベルにまで引き上げなくてはなりません。ただ、ステップ3の「意識すればできる」レベルから、ステップ4の「意識しなくてもできる」レべルに上げるには、高いハードルを越える必要があります。習慣、組織風土にしていくことが求められるのです。組織風土として良い接遇を定着させていくには、先ほどの研修のように「職員が笑顔でいるべき理由」を「患者に元気になってもらうべき医療機関という場所」とひも付けて説明することなどで、組織全体の問題として考えていくことが有効です。

 クリニックで働く職員の中に、「接遇なんてどうでもいい」「患者からどう思われても私には関係ない」と心の底から思っている人はほとんどいません。ですが、自分の表情が相手からどう見えるかについては考えが及んでない人は少なくありません。まずはステップ1から2へ、「知らないことを知る」研修を行うことで、患者接遇の改善につなげましょう。
 
〔今回のチェックポイント〕
☐「接遇を学ぶ必要はない」と思っている職員はいませんか
☐笑顔の本当の価値を理解していますか
☐学習のステップを意識して、適切な研修を実施していますか
 
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