改善事例

2022.06.29

覆面調査ルポ 院長夫人に対する不満を訴えた職員への対応

Case53 院長夫人に不満を抱えるスタッフがいる内科診療所

 今回、当社とコンサルティング契約をしている内科クリニックに覆面調査に伺いました。年1回の定期調査に先立ち、現在の状況について院長夫妻にお聞きしたところ、まずは事前情報なしで見てもらいたいとのことでした。

 このクリニックでは、訪問の半年ほど前に、入職してまもない新人看護師が退職していました。仕事の習熟に時間がかかり過ぎる上、全く学ぶ意欲が感じられないため、他のスタッフから苦情が相次いでいました。院長もその新人の資質に課題を感じており、解雇を考えているとの相談がありました。

 私は、それだけの理由でただちに解雇することは難しいとお伝えしました。それでも働き続けてもらうのは難しいとのことで、院長は悩んだ末、退職勧奨をすることにしました。退職勧奨というのは、クリニック側から退職を勧めることを言います。もしスタッフが応じれば、「労働契約の解除に合意して退職する」ことになります。解雇ではないため、後々、訴訟などに発展するリスクが低下します。

 しかし、院長夫妻の話しぶりから、別の問題が発生しているように感じられました。


スタッフ間の会話がほとんどなかった

 早速、覆面調査員A子が調査に行くことになりました。そのクリニックは田園風景がまだところどころに残っている郊外にあります。大都市に近いベッドタウンでもあることから、様々な年齢層の患者が訪れているようです。外観はオーソドックスで、おしゃれすぎることもなく、入りやすい雰囲気です。

 広い駐車場に車を停めてクリニック内に入ると、受付のスタッフがすぐに手を挙げて迎えてくださり、受付がどこであるのかがとても分かりやすく良い印象を持ちました。受付での対応時だけでなく、待合室に患者を呼びに来るとき、お見送りのときなど、いずれの場面でも常にアイコンタクトと声かけの後に丁寧なお辞儀をされており、接遇スキルの高さを感じました。

 挨拶の声もハキハキとしていて聞き取りやすかったです。あるスタッフが挨拶をしているとき、他のスタッフは自分の業務に没頭していることが多かったので、患者の方を見て笑顔で会釈をすると、さらに印象が良くなると思いました。

 立ち居振る舞いは美しく、歩くときの姿勢もよく、方向を指し示すときの指もそろっており、接遇のレベルは非常に高いと感じました。お子さんとお話するときに、目線を合わせるようかがんで対応していました。受付スタッフの方は会計で釣り銭トレーに診察券と保険証をきれいに並べて返却してくださいました。また釣り銭を返す際は、トレーに紙幣とコインをきれいに並べてくださり、細やかな配慮がされていました。

 患者に対する接遇面ではほぼ完ぺきな対応ができていました。しかし一点気になったのが、スタッフ間のコミュニケーションです。今回の調査では、ルーチンワークは役割分担がしっかり決まっていて他のスタッフとはやり取りせずとも業務が完了していくシステムができあがっているようでした。そのため、スタッフ同士の会話などがほとんどありませんでした。

 一度だけ、看護スタッフが診察室のドアから受付スタッフを呼んでいたのですが、なかなか返事しませんでした。しばらくして、看護スタッフが受付スタッフに近づいて声をかけると、そこで初めて呼ばれていたことに気づいた様子でした。その際、患者対応の感じの良さとは対照的で、双方ともアイコンタクトや笑顔はなく、事務的な対応で少しイライラしているように見えました。


今回の診療所のスコア

100点中62点でした。


夫人が看護師として勤務し始めると…

 覆面調査の数日後、私から院長に調査結果について、患者対応力がかなり高いレベルであるとお伝えしました。ただ、スタッフ同士のコミュニケーションのくだりになると、急に表情が険しくなりました。「やっぱり、スタッフ同士のコミュニケーションがギスギスしていることは、伝わるものなんですね」と、現在の状況を話し始めました。

 このクリニックの院長夫人は、開業当時から受付で働いていたのですが、数年前に院長の勧めもあり、一念発起して看護師の資格を取得しました。当初は他院に勤務していたのですが、前述の退職した新人看護師の穴を埋めるために、この内科クリニックで働き始めることになったのです。

 院長夫人が看護師として一緒に働くようになると、受付で働いていたころは良好な関係だったスタッフがどんどん態度を豹変させていきました。そして院長に対して、夫人の仕事のスキルがいかに低く、習熟が遅いかという愚痴を言うようになりました。謙虚な人柄の院長はそれに同意してしまっていることがありました。

 夫人への既存スタッフからの風当たりが強くなる中、院長はある日、既存スタッフのうち最も古参の受付スタッフと看護スタッフの2人からミーティングの申し入れを受けました。ミーティングでは、2人のスタッフは院長にこれまで溜まっていた夫人への不満を口々に言い始めました。「仕事が遅い」「物覚えが悪い」「院長夫人だから直接注意できずやりにくい」「患者さんとの話題の選び方がよくない」などです。さらには、「夫人は辞めてほしい」「夫人が働き続けるのなら、私たちは辞めたい」と言い、「夫人が退職すると(1人当たりの)仕事の量が増えるので、給料を上げてほしい」と続けたそうです。


スタッフの不満はしっかり傾聴しつつ…

 スタッフがこのような不満を訴えた場合、まずはしっかり傾聴することが大切です。同時に、事実関係も確認しないうちに誰かを批判するなど、安易に同調することのないよう気を付ける必要があります。今回のケースでは、スタッフたちが訴えた夫人のスキルや患者応対の問題が事実なのか、よく確認し、必要があれば改善策を講じるなど対処することが欠かせません。

 一方で、今回スタッフたちが口にした夫人の「退職要求」や、それに伴う「給与引き上げ要求」については、院長は違和感を持ったようです。院長は、妻の働きぶりなどを本人や他のスタッフからも確認。改善を要する部分は改めてもらい、スタッフたちにも気兼ねせず接してもらえるよう、コミュニケーションの機会を増やしたりした上で、夫人にそのまま勤めてもらうことにしました。結局、2人のスタッフはその後、退職することとなりました。

 夫婦で同じクリニックで働くのは多くの場合、簡単ではありません。よくあるのが、院長がスタッフの前で妻を批判したり、妻がスタッフと一緒に院長を批判したりして、クリニックの組織としての安定が損なわれるばかりか、夫婦仲も悪くなり、仕事とプライベートの双方に悪影響が出ることです。

 軽い気持ちだったとしても、スタッフが院長に対する不満を口にしたとき、妻が一緒に不満を述べるのは不適切です。一緒に批判をしてしまうと、院長の権威の失墜を招き組織運営がスムーズに進まなくなることが少なくないからです。

 今回のケースのように、院長夫人に対する不満を訴えられた場合も同様です。院長がつい受け入れてしまうとスタッフが夫人を見下すことになりかねません。不満はきちんと傾聴し、改善すべき部分はしっかり対処することが大事ですが、事実関係も調べないうちに安易に同調することのないよう注意したいところです。

 夫婦が一緒に働く上で、「業務時間中は一般的な院長とスタッフの関係でいよう」と考え、そのように振る舞う人もいると思います。ですが、2人が夫婦であるという関係性は誰からも無視できないものですので、その振る舞いが適切でない場面も出てきます。業務上の改善点は必要なら指摘し合うとしても、根底ではお互いに人間としてリスペクトしあう関係でいることが、院長や夫人が孤立する事態を防ぎ、健全な組織運営につながると考えています。

 

〔今回のチェックポイント〕
□ クリニックの経営陣は一枚岩になっていますか
□ スタッフ同士、リスペクトしあう関係になっていますか
□ スタッフの不満や愚痴を傾聴していますか


日経メディカルオンライン掲載記事はこちら
研修メニューはこちら

 

PAGETOP