改善事例

2022.01.10

覆面調査ルポ 焦るとパニックになる職員に勧めた所作

Case47 受付対応に苦情があった内科・小児科診療所

 今回は郊外にある内科・小児科診療所の事例です。「院長先生がいつも笑顔で優しく接してくれる」と評判のクリニックです。

 ところが、そこの受付職員に対して「感じが悪い」という曖昧な苦情が患者から最近寄せられることがあり、院長はショックを受けていました。そこで、具体的にどのような問題があるのか、また改善するにはどうすべきか明らかにするために覆面調査を実施することになりました。


「初回問診票の予備がない!」
 
 今回、覆面調査員A子が訪問したところ、近所で評判のクリニックというだけあり、建物は洗練され、周囲も木や花がきれいに植えられていて温かみを感じられる外観でした。

 中に入ると、天井の高い広々とした待合室の中に、小児患者向けのセンスの良いおもちゃが飾られており、個々の患者との間隔も広くゆったりと待つことができ、安心してくつろげる空間でした。

 受付には2人のスタッフがいました。A子が入ってきたとき、1人は他の患者に対応しており、もう1人はパソコンに向かって何かの作業に没頭していたため、あいさつはありませんでした。別のタイミングで患者が入ってきたときには立ち上がり、あいさつをしていました。ただし、声が小さく、明るさも感じられませんでした。せっかくあいさつをするのであれば、笑顔で、相手の目を見て行うと、温かい気持ちがより伝わるのにと思いました。

 実はA子の前にも、小さい子どもを抱っこひもに入れて抱きかかえたお母さんが受付の順番を待っていました。作業に没頭していた受付スタッフは、その保護者に「あのー、初診なのですが……」と言われて、初めてその存在に気が付いたようです。その時、A子とも目が合い、複数の患者を待たせていることに気付きました。

 するとその受付職員は大いに焦ったのか、「あっ! ない。初診の問診票の予備どこだっけ?」と言いながら、ややパニック気味になり、バタバタと探し始めました。ほどなく見つかり、A子の前にいた保護者に渡した後、その方が椅子にかけて記入を始めて数秒後に、「あ、保険証もいいですか」と声を掛けました。もちろん、その保護者はまだ問診票を書き終えていません。保険証を渡すためにもう一度、立ち上がり、また座るという作業をしなければいけませんでした。小さなお子さんを抱っこしていただけに、見ていて気の毒に感じました。

 その後、A子も問診票を渡されました。受付横の椅子を先ほどの親子が利用していたので、「どちらで書けばいいですか」と聞くと、受付職員は「あ、いや、どうしよっかな、うーん。じゃああちらで」と、しどろもどろになりながら待合室の椅子を案内してくれました。焦ってパニックになっていることが表情や言葉、態度から読み取れたので、A子は「何か悪いことを言ったのか」と不安になりました。

 院長は評判通り、診察室に入った際に笑顔で明るく「お待たせしました。こんにちは」とあいさつをしてくれました。落ち着いた口調で話をされ、説明の内容も分かりやすいものでした。やはり、院長が明るく、落ち着いていて、コミュニケーションがとりやすいと、患者は安心して受診できるのだとA子は改めて感じました。

 
今回の診療所のスコア


100点中56点でした。


焦りを引き起こす2つの感情
 
 さて、覆面調査の結果をまとめた後、私は報告のために院長の下に伺いました。院長は報告を聞いて「やっぱり、彼女、焦っちゃう人なんですね」と切り出しました。

 彼女というのは、作業に没頭していた受付職員のことです。院長が言うにはこのスタッフは、やる気もあって真面目なのですが、焦るとミスを重ねてしまったり、目の前に患者がいても気づかなかったりして、患者から苦情が出たりするそうです。つい最近も、保険証の返却忘れが連続したことがあり、保険証を返却したら、必ず患者から署名をもらうような手順に変更したところだったのです。

 そこで今回は、通常のフィードバックで行う接遇研修に加えて、「焦り」という感情にフォーカスし、限られている時間の中で、落ち着いて高いパフォーマンスを出すための考え方とテクニックについて、お話しすることを院長に提案しました。すると院長は、「私も予期しないことが起きると結構、焦っちゃうから、ぜひお願いします」と賛成してくれました。

 さて、「焦り」という感情はいったいどのようなものなのでしょう。一説によれば、焦りは原始人のころから人間が本能の中に蓄えてきた感情のようです。その奥には、「不安」という感情が隠れています。『学校では絶対に教えてくれない 自分のこころのトリセツ』(下園壮太著、日経BP、2013年)によれば、人を不安にさせる要因は、主に以下の2つから成り立っています。

 1つ目は「外界の変化」。天変地異や外敵に襲われるといった環境ストレスです。そして2つ目は「エネルギー低下」。飢える、体力が底をつくことで感じるストレスが焦りに発展します。いずれも命の危機にさらされる状況を意味しています。

 この危機的状態を克服するために、原始時代から人間は予知能力を鍛えることによって危機を避けてきました。「予知能力」なんて言うと特別な能力のようですが、要は、先の先まで予測し、危ない局面をできるだけ避けようとする感覚です。

 私たちが、「危険」と感じるところには何となく近づかず、苦手なタイプの人を避けようとするのも、この「不安」という予知能力があるからなのです。


焦っているときこそ体を止める
 
 未来を想像し、不安な要素が多くなるほど「何とかしなきゃ」という感情である焦りが強くなります。この受付スタッフの場合は、「患者を待たせてしまった!」という目の前の状況から、「自分がこれ以上モタモタしていると、患者がもっと不快になり、自分に怒りをぶつけてくるのではないか」という不安を過剰に抱いてしまった可能性があります。

 もし、患者を待たせてしまうことに対して焦りがあるのなら、一度、冷静になって、状況を分析してみるとよいでしょう。今回の事例では、受付スタッフは「問診票の予備」が見つからず、パニックになってしまいました。ただ、問診票を探すのに少し時間がかかったとしても、実際にはそれほど大きな迷惑がかかるわけではありません。今回、スタッフが問診票を探すのにかかった時間は1分程度でした。1分であれば、子どもがちょっと「トイレに行きたい」と言ったときにかかる時間よりも短いのです。

 子育てをしている親であれば、その1分を待てない可能性は非常に低いと思われます。焦って相手を不安にさせるより、落ち着いて「ただいま問診票をお持ちしますので、少々お待ちくださいませ」と笑顔で言って、スマートにお渡しした方が、自分も相手も気分が良いものです。

 他にも「もう1人の受付スタッフに『要領が悪い人』と思われて、自分が嫌われるのではないか」という不安があるかもしれません。もしそれが原因であれば、本当にその同僚は「要領の悪い人が嫌いなのかどうか」を考えてみてください。要領が少しくらい悪くても、いつも丁寧で一生懸命やっている人、人当たりがいい人が好きな場合もあるでしょう。嫌われるかどうか分からないのに、不安を増大させ、焦ることによって、パフォーマンスをますます落としてしまうことは避けたいものです。

 いずれにしろ、「問診票が手元になかったという事実」は変わらないですし、「焦って行動したところでより良い結果をもたらす可能性は著しく低い」ということに気付くところがスタートなのです。

 感情はスノードームのようなものです。

 焦っているときはスノードームを振ったように心の中をあらゆる思考がぐるぐる回っている状態です。「焦っちゃダメ」「焦っちゃダメ」「焦っちゃダメ」と何度も唱えるのは、そのスノードームをさらに振るのと同じで、気持ちがさらに混乱します。ですから、焦る気持ちを落ち着かせるには、あえて体を一旦止め、感情をコントロールするのが得策です。
 
 例えば焦っているときこそ、体を止めて、

◯指をそろえる
◯笑顔を意識する
◯意識的に深く呼吸する
 
 この3点を実践すると、不思議と心が落ち着くものです。スノードームも動かさなければ、徐々に落ち着いていきます。

 そして、心が落ち着いたら、何が不安なのかを整理した上で、その不安は自分の考え過ぎではないか、対処するとしたらベストな方法は何かと考えてから行動すると、「焦り」から解放されるはずです。

 こうした内容を研修で伝えたところ、このスタッフは「患者を待たせてはいけない」という強迫観念のようなものが不安に変わり、焦っていたことが分かりました。確かに、患者を待たせるのはあまり喜ばしいことではありませんが、焦ってミスをしたり、失礼な対応をしたりすることの方がより悪い影響をもたらします。

 「焦り」の感情は、原始時代の人間が身を守るために進化させてきた大切な感情なので、「焦っちゃダメ」と思う必要はありません。その感情の元にあるメッセージをくみ取り、自分をもっと知るきっかけにしていくべきです。自分を知れば知るほど、患者対応力は向上していくものです。

 
〔焦ったときに行いたい4つのステップ〕
☐焦っていることに気付く
☐何が不安で「焦りの感情」が出ているのか見いだす
☐その不安を正確に見積もった上で、今できるベストな方法を考える
☐落ち着いてベストな行動をとる
 
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