2024.03.26
覆面調査ルポ 混雑時、患者対応での焦りを減らすには?
Case61 患者数が多く、スタッフが患者対応時に焦ってしまうクリニック
今回の調査は住宅街にある耳鼻咽喉科のクリニックです。診断が的確で症状が治まると評判が良く、明るい雰囲気なので、近所に住む多くの患者が訪れています。既に、基本的なホスピタリティーを伝えるための当社のマナー研修を受講していただいており、その際のスタッフの皆さんは明るく前向きな印象でした。このクリニックは来院患者数が非常に多いため、待ち時間を減らす工夫を様々していますが、患者の多い日はどうしても待ち時間が長くなってしまう傾向があるとのことでした。
また最近は、インターネットへの書き込みも、待ち時間や予約の順番のこと、スタッフの印象が冷たいことなど、ネガティブなコメントが増えてきました。このような状況もあり、院長としては、診察室にいるとスタッフが実際にどのような対応をしているか分からないこと、またこれまで学んだことがどれだけ実践できているか確認したいということで、覆面調査を依頼されました。
忙しそうなスタッフの気になる対応
早速、覆面調査員A子が調査に入ることになりました。このクリニックは順番予約を導入しているため、順番予約の開始時刻にホームページから予約したのですが、あっという間に30番になり、人気のクリニックだと感じました。
A子が入り口から入ると、受付のどなたからも「おはようございます」という挨拶はありませんでした。ご自身の作業を淡々と行っており、顔や目線を上げることもありません。朝の診療が始まったばかりで、受付スタッフの皆さんからは忙しく焦っているような様子が感じられ、こちらからも声を掛けづらい雰囲気でした。
受付カウンターの前に立った時も挨拶はなく、調査員自ら名前を名乗り、ウェブで問診を受けた旨をお伝えしました。すると、受付スタッフから「受付番号は?」と聞かれました。受付の際に受付番号が必要であるとしても、まずは「〇〇様、ありがとうございます。恐れ入りますが、受付番号はお分かりでしょうか?」などと優しい口調で確認していただいた方がよいと感じました。とても口調が硬く、患者に依頼するときもクッション言葉(「恐れ入りますが……」など)がないため、少々威圧感がありました。
受付スタッフは全員、無表情で笑顔はなく自分の業務を淡々とこなしていました。アイコンタクトもほとんどなく、やり取りの際は一瞬目が合いますが、その後はほとんど目を合わせない印象です。診察室に入る際も、看護師から名前の確認はありましたが、挨拶はありませんでした。また、会計後の挨拶も「お大事にしてください」などの言葉はありませんでした。
あえて患者の多い時間帯(月曜日の朝一番)に訪問したこともあってか、全体的にとても忙しそうな雰囲気でした。立ち居振る舞いもバタバタしていた印象です。受付直後に化粧室に行ったのですが、すぐに化粧室内まで聞こえるような大きな声で名前を呼ばれました。何事かと思い急いで受付に行くと、保険証と診察券を返されるだけでした。「待合にいらっしゃらないから、お戻りになったらお返ししよう」という心の余裕がないように感じ、そういった気持ちの焦りが立ち居振る舞いにも出ているように思いました。
診察が終わり待合に戻ると、混み合っていたため座るスペースがありませんでした。そのため、会計の機械のそばに立っていたのですが、受付スタッフの方は、全く気にする様子がありませんでした。会計の際は、既にカウンターの上に領収書が置かれており、笑顔もなく、声掛けもありませんでした。小銭を出すのを手間取っていると、早く済ませてほしいような様子に見え、あまり印象が良くなかったです。
図1 今回の診療所のスコア
100点中40点でした。
「早く早く」の意識にさいなまれ・・・
以上のような報告を院長に伝えたところ、「やっぱりそうなんですね。私もすごく焦っちゃうタイプなのです。スタッフには丁寧に対応してもらいたいのですが……」と仰っていました。
今回の調査内容から、ほとんどのスタッフが常に忙しいと感じ、焦ってしまうことが原因で、患者に寄り添った対応ができていないことが明らかになりました。そこで、覆面調査のフィードバックの研修では、改めて「待ち時間」と「焦り」をテーマにお話しすることにしました。
こちらのクリニックをはじめ、これまで訪問などでお会いしてきた医療機関のスタッフは、真摯に仕事に取り組んでいる方が大半です。オペレーションに全く意味のない無駄な作業があったり、私語が多くダラダラしていたりして、スピードアップが必要ということはほとんどありません。真面目なスタッフの皆さんは、少しの待ち時間でさえどうにか減らすために、急いで対応しようと頑張っていらっしゃいます。
今回のクリニックのスタッフへのヒアリングによると、受付に5人以上並んでしまうと、目の前の患者の対応をしている時でも、次の患者が待っていることに不安を感じて焦ってしまい、「早く早く」「次へ次へ」という意識にさいなまれてしまうとのことでした。
そこで、私からははばかりながらも、残念な2つの情報をお伝えしました。1つは、それほど頑張っているのにもかかわらず、短縮できる時間は1分もないこと。もう1つは、焦って対応するとミスが生じたり二度手間を招いたりすることになり、かえって時間がかかる可能性があることです。
“忙しさのメガネ”をかけると接遇が疎かに
精神科医の水島広子氏は、著書の中で、“忙しさのメガネ”の恐ろしさを紹介されています。忙しさのメガネをかけている状態というのは、今この瞬間にやるべきことだけでなく、今は見えていないことにまで意識を巡らせ、「あれもやらなければ、これもやらなければ」と頭の中でタスクを増やしたり、「あれも終わっていない、これも終わっていない」と焦ったりしてしまうときのことです。そうすると、目の前の仕事をしている最中にも、「こんなことをしている余裕はない」と忙しさが何倍にも感じられ、「なぜこんなことを私がやらなければならないの!」などと焦りが倍増するとのことです。つまり、“物理的な忙しさ”と“主観的に感じる忙しさ”の差を作るのが「忙しさのメガネ」だと言えます(水島広子『焦りグセがなくなる本』[PHP研究所])。
例えば、受付に5人ほど並んでいる時、物理的な忙しさはどのくらいでしょうか。再診の患者で、診察券と保険証をお預かりするだけの方であれば、非接触タイプの体温計で体温を測ったとしても、応対にかかる時間は数十秒です。初診の患者で問診票を書いていただくようにご案内をしたとしても、その方への対応時間は1~2分くらいでしょう。結果として、5人目の方にお待ちいただく時間は、長くても5分程度です。
それよりも、焦ってミスをしてやり直しをすることになったり、早くやらなければと思うあまり無駄に動いてしまったりする時間の方が、合計するとはるかに長くなってしまうものです。しかしながら、忙しさのメガネをかけると、患者が5人並んでいる状況では、「1秒でも早く次の患者に対応しなければならない」と思い、「挨拶をする時間がない」「患者の顔を見る時間がない」「患者の返答を待つ時間が無駄だ」と考え、結果的に心の余裕がなくなって目の前の患者を疎かにしてしまいかねません。
いかに「待って良かった」と思ってもらえるか
さて、人気のラーメン店やスイーツ店に行くと、待ち時間が多いところも少なくありません。そういう店は待つことは承知の上で、行きたいから行き、おいしいものを食べることができれば、お客様は「待ったかいがあった」と思えて、幸せな気持ちになるものです。数カ月先まで予約がいっぱいで、なかなか予約が取れないホテルをやっと予約できたという場合でも、滞在時に心のこもったおもてなしをしてもらえれば、やっぱり「待ったかいがあった」と思うものです。
クリニックも同じことがいえるのではないでしょうか。他の選択肢があるのに、待ち時間が長くてもあるクリニックを受診したいという患者は、その施設のファンだといえます。ですから、そうしたファンである患者の期待を裏切らないこと、期待を超えることに意識を向けていくのはいかがでしょうか。待ち時間は少し長かったけれど、「待って良かった」と思える対応をすることが、現場スタッフに最も求められているのだと思います。
先日、私の母が、かかりつけ医にある病気のことで相談をしたところ、紹介していただいた大学病院の予約が2カ月先しか取れないと言われ、正直驚きました。そんなに待つのは嫌だなと思いましたが、仕方がないと考え直し、結局2カ月後に受診することにしました。
さらに受診当日は、患者数の多い大学病院ということで、相応の待ち時間がありました。しかし、診察室に入ると担当の医師はとても丁寧に時間をかけて問診をし、今後の検査の内容や理由、具体的な計画をしっかり説明するなど、きちんと母に向き合ってくださいました。結局、私と母は2カ月待ち、当日の待ち時間もあったのですが、「あ~待ったかいがあった」と思ったのです。もし、待たされた挙げ句、「挨拶もなし」「顔も見ない」「ろくに話も聞かない」「質問の隙を与えない」「次の患者のことや他にやらなきゃいけないことで頭がいっぱいで、私と全然向き合ってくれない」と感じたとしたら、患者はどんな気持ちになるでしょうか。「こんなに待ったのに!!」と思いますよね。
患者数が多い耳鼻咽喉科クリニックで、スタッフが1人の患者にかけられる時間は長くても数分程度かもしれません。でも、笑顔で明るく挨拶をする時間は2~3秒、物の受け渡しの時のアイコンタクトにかかる時間は1秒未満、動作がゆっくりとした患者がお金を取り出すために待つ時間も長くても数十秒です。丁寧な対応にかかる物理的な時間は、それほど多くないことが理解できるのではないでしょうか。
反対に、忙しさのメガネをかけて仕事をすると、常に焦ってしまい、緊張を強いられてストレスが多くなります。いつも何かに追われているように感じ、充実感を得ることが難しくなるものです。そんな焦りグセから脱するために、まずは忙しさのメガネをかけていることに気付き、思い切ってそれを外して、心の余裕を取り戻してみませんか。
〔今回のチェックポイント〕
☐忙しさについて「物理的な時間」と「主観的な時間」に分けて考えていますか
☐焦ったときにどんな行動をすべきか、共有していますか
☐焦ったときにスタッフ同士で声を掛け合えていますか
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