2024.10.22
覆面調査ルポ 大混雑の待合、患者と“対決ムード”の職員たち
Case64 患者数が多く騒然とした皮膚科クリニック
今回の依頼元は保険診療が中心の皮膚科クリニックです。比較的新しいクリニックであるのに加え、広めの駐車場を完備したところが近所にないこともあり、毎日、とても多くの患者が来院します。待ち時間はいつも長く、大抵の患者は、「待つのが当たり前だ」と思って来院するのですが、あまりに長く待つとイライラしてしまう人も少なくないそうです。
院長に言わせると、「スタッフは毎日、頑張って対応している」とのこと。ただ、イライラをぶつけてくる患者の口調が強すぎて、つらい思いをしているスタッフもいるため、心配した院長から覆面調査を依頼されました。具体的には実際の待ち時間の印象、それに対する患者やスタッフの様子などを客観的に見てほしいとの依頼でした。
余裕のないスタッフが「患者をさばく」動作に
早速、覆面調査員A子が訪れると、待合には多くの椅子が配置され、座る場所は十分確保されていたものの、大変な混雑でした。スタッフは余裕がないのか、困ってキョロキョロと周りを見渡している患者を見かけても、目を合わせずに素通りしたり、自身の作業を優先して声を掛けていませんでした。患者に挨拶をしているスタッフはいましたが、アイコンタクトや会釈は添えられていませんでした。常にPCやファイルを見ていて、患者の目を見ることはなく、作業に没頭しているように見えました。
特に受付カウンターにいるスタッフは、「患者をさばく」という言葉がぴったり当てはまるような動き方でした。言葉が雑な印象で、「あ、申し訳ない」「大丈夫?」など丁寧語すら使っていない場面もありました。患者に説明する際も、患者が「ん?」と聞き返しているのに、無視して次の話に進んでいました。
さらに「まだ注射を打っていない」とスタッフに伝えた患者に対し、「え?」と言いながら、書類の場所をちらっと見た後、患者の顔を見ずに「あ、そうですね」と言うだけで、配慮やおわびの言葉はありませんでした。プラセンタの注射を受けるかどうか迷っている患者に対しても、急かすような雰囲気で「お薬だけですか?」と言って顔をのぞき込んでいました。強い語尾で、きつい口調に感じました。
立ち居振る舞いに関しても、丁寧さが感じられませんでした。患者に対してもスタッフ同士のやり取りでも、方向を指したり、物を指す動作をするときに、指1本で示しており、指をそろえて手のひらで指し示す動作でないことが気になりました。あるスタッフは自分の作業中に患者が声を掛けてきたのに、その患者の顔の前に右手を広げ「STOP」のジェスチャーで制止し、待たせていました。もちろん、心遣いを伝える言葉や表情はなく、無言のジェスチャーのみで待たせたあげく、作業が一段落した後も「お待たせしました」「大変失礼しました」など心遣いを伝えるおわびや声掛けも一切ありませんでした。
クリニック内が雑然としていてバタバタした印象でしたので、ゆったりと待てる雰囲気ではありません。覆面調査員A子でさえも、待ち時間が2時間を超えたこともあってイライラが募ってきました。他の患者もスタッフへの当たりが強くなっているようです。対するスタッフも、患者に負けないように口調が強くなるという悪循環が生まれているように感じました。
ようやくA子が診察室に案内されると、最初に予診表に「希望する」と記載していたビタミンCの点滴を、時間の関係で受けることができないと聞かされましたが、それに対するおわびの言葉はありませんでした。また、会計に至るまでどのスタッフからもこの件に関する声掛けはなく、待たせた上にサービスを受けることができなかったことに対する共感の気持ちも伝わりませんでした。おそらく診察や対応に不満を抱いた患者をスタッフ間で共有し、適宜フォローする仕組みが築けていないのだと思われます。一人ひとりの患者を大切にしていないように思われても仕方がない対応でした。
図1 今回の診療所のスコア
100点中40点でした。
「みんなもうギリギリの状態なんです…」
このように、非常に厳しい調査結果だったので、まずは院長に当日の状況などを確認しました。すると連休明けの月曜日だったということもあり、非常に混雑していた1日だったとのことでした。しかし、ここまで対応が行き届いていないことは、把握していなかったので、大きくショックを受けていました。
そこで、フィードバックの研修では、最初に接遇の知識、技術を伝えるのではなく、スタッフの皆が忙しい中、必死で業務を回していることに最大の敬意を伝えました。そして頑張っていることを承認し、責任感を持ってやり遂げていることを心からねぎらいました。
一方で、スタッフたちが一人でも多くの患者に受診してもらおうと努力しているのにもかかわらず、結果的に患者に嫌な思いをさせてしまうような振る舞いをしてしまっていることを指摘しました。私からは、どうすれば落ち着いて患者を思いやる気持ちを伝えられるのかについて、話し合うことを提案しました。
するとリーダー格のスタッフが目に涙を浮かべて訴えてきました。
「もう毎日、必死なんです。頑張っても、頑張っても終わらない気がしてつらいんです。接遇とか、他のことをしている時間も余裕もありません。待ち時間が長いことを毎日、患者さんから怒られるし、この前は少し足が触れただけなのに、謝罪が足りないと怒鳴られることがあって……。私も本当は余裕を持って、患者さんに優しい対応がしたいのに、全然できません。そしてできない自分を責めてしまうのです。そういう気持ちでいるのに、中には勝手に順番を抜かそうとする患者さんもいて、そういう人を見ると、すごくイライラしてしまいます。そういう患者に腹が立ってしまい、スタッフ同士で『ひどいよね』なんて言いながら協力し合っているのですが、みんなもうギリギリの状態なんです」
私は深く共感しながらこのお話を聞きました。特に混雑している医療機関にはこういう気持ちを抱きながら、忙しく働いているスタッフが多いのではないでしょうか。押し寄せてくる患者たちを診療時間終了までに「どうさばくか」という思いにとらわれ、先のことを心配して「早くしなきゃ」と思うあまり、無意識に患者との対決ムードが職員たちに芽生えてしまうことはあります。
そこで研修では、先の不安に駆られるのではなく、「今、この瞬間」を丁寧にすることに集中して、心穏やかに仕事ができるようする方法についてお話しすることにしました。
作業時間を変えずにできる「0秒接遇術」とは
まず、スタッフたちに考えてもらったのは、「早くしなくてはならない」という呪縛についてです。作業を急いでやっても、丁寧にやっても、かかる時間はそれほど変わらないことを自覚してもらうのが大切です。先ほどのスタッフの訴えの中にあった「移動中、患者の足に当たってしまった」というエピソードでも、慌てて雑に謝って、すぐにその場を去るのと、丁寧に謝るのとでは、数秒しか変わりません。急ぐあまり、逆に患者に不快感を与えたり、苦情に発展したりすると、かえって時間がかかることも少なくありません。
また「自分を責める意識」も持つべきではありません。患者から「まだですか」「いつまで待たされるのですか」と、せかされるような気持ちになる言葉を掛けられると、自分が責められていると感じて、つらくなることもあるでしょう。同時に「こんなに混んでいるのだから、待つに決まっているでしょ。いちいち聞かないでください」と、こちらのいら立ちの感情が出てくることに気付くかもしれません。その感情を態度に出したり、責められたくないという気持ちで、動作を急ぐ(物を雑に置く、早口になる、バタバタ歩くなど)ようにしてしまうと、患者に不快感を与え、待ち時間の苦情につながりかねません。
患者も混雑していることは分かって来院しています。「まだですか」というのは、いつまで待つのかという見通しが知りたいのであって、スタッフの動作が遅いと言っているわけではないのです。患者は責めているわけでも、邪魔をしているわけでもないと理解することができれば、心を乱されることなく、業務に集中することができるものです。
このような心構えについてお話しした上で、簡単な接遇の技術についても紹介しました。患者さんに良い印象を持ってもらうことは、無用なトラブルを減らし、患者さんに協力を得られやすくなるので、業務の効率化にもつながります。
特に強調したのは、時間がかからない接遇術です。これを私は「マインドフル接遇術」(今この瞬間の意識を患者に向ける接遇)と呼んでいます。例えば、0秒でできる接遇力アップのコツもたくさんあります。まずは笑顔です。笑顔であっても笑顔でなくても、かかる時間は変わりません。しかし笑顔で対応することにより、患者さんの心を和ませ、自分自身の心にも余裕が生まれます。
また姿勢を良くするという方法もあります。背筋を伸ばしても猫背でも、時間は変わりません。しかし背筋が伸びている方が、正しい対応をしてくれそうですし、信頼できそうに見えるものです。そして自分の気持ちも引き締まり、業務に集中しやすくなります。このように0秒でも、相手に与える印象を大きく変化させることは可能です。
1~2秒時間があれば、さらに接遇力を高めることができます。例えばお辞儀です。挨拶をするときや、患者と話をしてその場を去るときに会釈程度のお辞儀があるだけで、丁寧さが大きく違います。またアイコンタクトも、とてもインパクトのある方法です。患者に声を掛ける際、相手の目を1秒長く見ることを心掛けると、患者は自分のことを大切にしてもらっていると感じるものです。
このように、先の不安に駆られて慌てて仕事をするより、今、この瞬間に目の前にいる患者に0秒でできること、1、2秒でできることを実践した方が、自分の心も穏やかになり、患者も落ち着いて過ごしてくれるものだと思います。
スタッフの皆さんは、忙しい状況でも短時間で接遇を改善する方法がたくさんあることに驚いていました。研修の後からこれらの方法を実践してもらいましたが、患者の待ち時間にはほとんど影響がないものの、随分、落ち着いて仕事ができるようになったと喜んでくれました。
〔今回のチェックポイント〕
☐忙しいときに焦らず、心を落ち着かせる方法を決めていますか?
☐0秒でできる接遇アップ法を知っていますか?
☐1、2秒でできる接遇アップ法を実践していますか?
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