覆面調査ルポ

2024.08.28

覆面調査ルポ そんなつもりはないのに不快にさせる患者応対、原因は…

Case63 仕事はできるのになぜか不評な受付スタッフがいるクリニック

 今回の調査対象は郊外にある内科クリニックです。近年、パワーハラスメントの問題でよく取り沙汰されますが、「自分ではそんなつもりはなくとも、相手を不快にさせてしまう」ということはままあります。実は、医療機関における苦情の大半が誤解によるものといわれています。こちらとしては良かれと思って言ったことが、相手に「気持ちを踏みにじられた」と感じさせてしまったり、正しいことを伝えただけなのに配慮が足りないと怒らせてしまったりすることがあるのです。


 こうしたトラブルを防ぐためには、「ある視点」を持つことが欠かせません。以下の事例では、患者応対をしているスタッフにどの視点が足りなかったのか、意識しながら読み進んでみてください。


 覆面調査をご依頼いただいたクリニックは、受付スタッフに何らかの課題があるようで、Googleマップの口コミ欄に苦情を書かれたり、評点(星)が1つしか付かなかったりすることが続いているそうです。院長から見れば、受付スタッフは真面目に仕事をしているし、指示にはきちんと従ってくれているので、それほど大きな問題があるようには感じられないようです。


 しかしながら、来院経験のある院長夫人のご友人や、出入業者さんから話を聞くと、受付スタッフの対応が良くない可能性をうすうす感じているとのこと。院長は普段、診察室におり、受付でどんなやり取りが交わされているのか分からないため、覆面調査を依頼しました。


間違ってはいないけれど配慮に欠ける応対が続々
 
 早速、覆面調査員A子は、訪問前の電話調査を開始しました。A子がクリニックに電話すると、受付スタッフが「○○クリニックです」と電話に出ましたが、名前は名乗りませんでした。A子が「今日は何時までやっていますか?」と聞くと、「今日は午前中だけですので、12時15分まで受付です」と答えました。「ありがとうございます」と言うと「はい」と返答されただけでそれ以上の言葉はなく、シーンとした時間が生まれました。何が悪いというわけではないのですが、少々ぶっきらぼうに感じました。例えば、「お気を付けてお越しください」などの一言があれば印象が良くなるものです。
 
 また、電話では「駅からバスで行くことはできますか?」という質問をしました。すると、受付スタッフは「……バス!?」と明らかに困惑した様子で「えっとね…~~になるんかな?」と独り言のようにつぶやき、「バスでこちらに来られるわけですか?」とけげんそうに聞き返しました。その後も、「○○方面?のバスか何かで、○○っていう停留所か何かで……」としどろもどろになり、しまいには「タクシーか何かで来られた方がいいと思いますけど。……バスがそんなにないと思います。私はバスに乗らないので分からないですけど、あまり皆さんもバスでは来ていらっしゃらないので。内科でお探しでしたら、駅前に他の病院もいくつかありますんで」などと別の医療機関の受診を勧めてきたため、A子は戸惑いました。
 
 その後、無事にクリニックに到着したA子がクリニック正面の自動扉から入りましたが、受付の方から挨拶はありませんでした。受付カウンターに近づいても、挨拶はありません。
 
 ほぼ一緒にクリニックに入った初老の男性も、受付スタッフから何も声掛けがないので、戸惑っているようでした。その後、男性は受付に向かい「あの、初めてなんですけど……」とスタッフに声を掛けました。すると受付スタッフは、受付台のマスク着用の表示を指しながら「マスク持ってますー? 医療機関ではまだ解禁になってないんで」とやや強い口調で言いました。患者への挨拶もなく、最初の声掛けが“ノーマスク”の指摘だったことに、A子は違和感を覚えました。男性が「あ……、今、ちょっと持ってないんですけど……」と答えると、「20円かかりますけどいいですか?」とスタッフは言いました。マスクを忘れたときに、「その場で買え」と言わんばかりにいきなり金額を伝えるのもぶっきらぼうな印象で、課題があると感じました。
 
 男性が「車にあるか……、探してきます」と答えると、スタッフは間を置かずに「お願いします」と返していました。やり取りの内容としては、特に間違ってはいないものの、言葉の選び方や言い方が少々気になりました。
 
 A子が初診受付をしようと受付台に向かうと、スタッフに「はい、どうされましたか?」と聞かれました。A子が「おなかの調子が悪くて」と答えると、いきなり「下痢ですか?」と聞かれました。「いえ、下痢はしてないんですけど痛いです」と言うと、今度は、「便秘もしていない?」と質問されました。これも「そうですね」と答えると、けげんそうな顔をされ「保険証を出してください。」と言われました。当時、待合室にいた患者は数人でしたが、人前で下痢・便秘というダイレクトな表現を使って症状を尋ねられたことに驚きました。A子は率直に言って不快に感じたそうで、他の患者に配慮が足りないと思われても仕方がない対応でした。
 
 その後、診察室に入ると、院長からも「便通は?」と聞かれました。受付で下痢も便秘もしていないことを伝えたのにもかかわらず、肝心の医師には全く伝達されていないのではないかと感じました。「何のために受付で症状を聞いたのか?」とA子は大変、疑問に思いました。
 
 また、受付スタッフが患者を「〇〇さーーーん!!!」と呼ぶ声が、怒っているように感じ、少々キツい印象を受けました。声のトーンが低く、待合室のスペースに対して声が大きすぎるように思いました。
 
 会計が終わっておつりを受け取った後、そのまま外に出ずに荷物整理のため一度、待合の椅子に戻ったのですが、A子が受付カウンターから立ち去るとき、スタッフは2人とも無言でした。帰るとき、こちらから会釈をしたら、1人の受付スタッフが「お大事になさってください!」と声を掛けてくれました。続けてもう1人も、座ったままですが、「はい! お大事に!」と声を掛けてきました。こちらから会釈をしなければ、患者を無言で送っていることが想像される対応でした。また「はい! お大事に!」の「はい」は不要だと思いました。
 
図1 今回の診療所のスコア


100点中30点でした。


欠けていたのは、「相手」視点
 
 覆面調査のフィードバックをしながら、研修では、スタッフに自分たちの行動を振り返ってもらう時間を設けました。ただ、結果を知らされたスタッフの多くは、最初「私、そんなつもりで言っていたのではなかったのに……」という反応をしていました。
  
 確かに、今回のスタッフは、特に間違ったことを言っているわけではありません。しかし、言葉の選択において、「相手に配慮する」「相手に寄り添う」「相手に対して思いやりの気持ちを持つ」といった「相手」視点が欠けていることが、不快な印象を与える原因になります。
 
 また、声のトーンや大きさ、表情といった非言語や準言語のコミュニケーションを意識していないことも、「相手」に見られているという視点が欠けているためであり、そんなつもりはなかったのに誤解を与えてしまう要因でした。
 
 マスクをしていない人に対する指摘もそうです。感染症対策のためにもマスクの着用は大切ですが、マスクをしていない人が来院した場合、第一声でマスクのことを指摘するよりも、まずは笑顔で挨拶し、相手の心を開いてからマスク着用のお願いをする方が、患者も気持ち良く応対してくれると思います。また、マスクをお持ちでない患者に対して、マスクは有料で購入できる旨を伝えるときにも、配慮を示すクッション言葉があると角が立たないように感じました。
 
 例えば、マスクについて指摘する際も、
 
スタッフ:こんにちは。
患者:あの、初めてなんですけれど……。
スタッフ:初めてでいらっしゃいますね。大変、申し訳ございませんが、当院はマスクの着用をお願いしております。お持ちでいらっしゃいますか?
 
というように、丁寧に尋ねるとよいと思います。
 
 もし、マスクを持っていないということであれば、「マスクは20円で販売しておりますが、いかがでしょうか」と選択肢の一つとして購入できる旨を伝える方法があると思います。患者も20円払うのがもったいないと思ったら、別の店で購入したり、自分のかばんや車の中などを探したりという選択肢が生まれるものと思います。


接遇では、「大切にしてもらいたい」気持ちに寄り添う
 
 一方で、スタッフはマスクの購入について「20円かかりますけどいいですか?」と案内しました。「いいですか」を「いかがでしょうか」と言い換えるだけで、相手にとっては押し付けられている感覚から、尊重されて選択肢を提供された感覚へと変化することにつながります。
 
 また、「車にマスクを取りに行く」と話した男性に対して、「お願いします」というと、少し上から目線のように聞こえる可能性があります。ですから、車に取りに行ってくれることに感謝の気持ちを込め、「恐れ入ります。ご協力ありがとうございます」などと伝えると、相手も感謝をされてうれしい気持ちになるものです。
 
 受付での事前問診の場面も同様です。受付スタッフから症状を聞かれ、A子がおなかの調子が悪い旨を伝えたところ、「下痢ですか? 便秘ですか?」と、できれば他の患者には聞かれたくないことをおおっぴらに尋ねられました。患者の症状はデリケートな内容を含んでいることも多いので、「問診票にできる限り詳しくご記入ください」と伝えた上で、必要に応じ、他の患者に聞こえにくくする配慮をして口頭での確認をするとよいと思いました。その上で、「お待ちの間、急に痛みなどが出てきましたら、お伝えくださいね」などのプラスアルファの声掛けができると、患者からの印象はだいぶ良くなるでしょう。
 
 さらに、受付スタッフが口頭で症状を尋ねたにもかかわらず、その内容が診察室の医師に共有されておらず、結果として事前問診の意義が伝わらずに、患者の不快感がさらに増幅してしまいました。受付スタッフが事前問診をすることで、医師の診察を効率化するのが狙いなのであれば、事前に用意した用紙に書き込んでもらったり、受付では必要最小限の情報だけ聞いて、そのメモを診察室の医師や看護師に共有する流れをつくるなど、業務フローの見直しを検討した方がよいでしょう。検討する際は、患者のプライバシーを守りつつ、負担もかけないようにする、などの患者視点を持つことが重要です。また、医師が症状を改めて尋ねる必要があるなら、「受付でも伺ったかもしれませんが……」という一言を先に挟むのも効果的です。
 
 研修では、スタッフたちがこれまでの言動を省みて、「仕事を滞りなく進めようと思うあまり、最小限のことしか伝えていなかった」「私の一言によって相手がどう感じるのかという視点が欠けていた」「これからは、プラスアルファの言葉を添えていきたいと思った」などの声が聞かれました。スタッフの意識の変化は、早速、患者応対にも表れているようで、研修後はGoogleマップの口コミ欄に気になる苦情は見られなくなったそうです。
 
 人は誰でも、「認められたい」「大切にしてもらいたい」「気遣ってもらいたい」という欲求を持っています。その欲求をないがしろにされると、不快な気持ちになるものです。ですから、相手がそういう欲求を持っていることを理解し、その気持ちに寄り添うことで、「大切に思ってくれている」「応援してくれている」と感じてもらうことができます。忙しかったり自分に余裕がなかったりすると、自己本位になりがちですが、「相手」の視点を持つことで、患者に安心感と信頼感を与え、よりスムーズでより満足していただけるような医療が提供できるのではないかと思います。
 

〔今回のチェックポイント〕
☐「相手」から見られていることを意識していますか?
☐「相手」視点で言葉を選んでいますか?
☐ プラスアルファの一言を付け加えていますか?
 
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