覆面調査ルポ

2023.04.24

覆面調査ルポ 新人の勤務態度に不満、職員の訴えにどう対応?

Case57 新人の勤務態度に不満な既存スタッフがいる皮膚科クリニック

 覆面調査で今回伺ったのは、郊外にある皮膚科クリニックです。院長はスタッフへの不満はなく、みんな頑張ってくれていると感謝しています。しかし最近、新卒で入職した20歳代女性の受付スタッフの勤務態度が非常に悪いと、既存の受付スタッフである30歳代女性の2人が院長に怒りをぶつけてくるそうです。

 院長はそのように感じていないのですが、既存スタッフの2人にとっては許し難いようで、毎日、文句や愚痴を聞かされて困っていました。院長はそれを聞き流すのではなく解決する必要があると考えました。診察室からは新人スタッフの様子を把握できないため、実際の対応はどうなのかを覆面調査することになりました。


慌ただしく作業し、目を合わせたり話したりせず
 
 そのクリニックは開院4年目で施設は新しく、デザインは明るく清潔感がありました。覆面調査員A子がクリニックに入りましたが、既存の受付スタッフから挨拶はありませんでした。A子が、「あのー、初診なんですけれど」と伝えると、「あ、保険証お願いします。こちら問診票です」と、早口に言ってバインダーを渡されました。患者と話す時間がもったいないと感じさせるほど、バタバタとして余裕がないように見えました。
 
他の患者が来院し診察券を差し出すと、新卒の受付スタッフは「こんにちは。お預かりします」と、挨拶はしていましたが、アイコンタクトや笑顔はなく事務的な対応でした。受付スタッフは計3人でしたが、患者がそれほど多くないにもかかわらず、3人とも慌ただしく作業をしており、互いに目を合わせたり話したりすることもなく黙々と対応していました。
 
 ある年配の女性患者が検温を済ませずに受付をしようとしたときがありました。その際、既存スタッフが「体温を測ってください」と、ややきつい調子の対応であったため、スタッフがイライラしているように見えました。その患者はビクっとされていました。この場合は、「お手数をおかけしますが」「申し訳ございませんが」などのクッション言葉を使った方が丁寧で優しい印象を与えると思われます。
 
 他の場面でも「こちらに記入をお願いします」「あちらでお待ちください」など事務的な話し言葉ばかりで、プラスアルファの優しい声掛けがほとんどありませんでした。例えば、「~をお願いできますでしょうか」「お待ちくださいませ」といった柔らかい表現を取り入れた方が印象は良くなります。
 
 受付の後ろにあるカーテンを閉める際、とても勢いよく閉められていたので、レール音が待合室に響いていました。片手で閉めていたのも気になりました。患者からもよく見える箇所ですので、両手を使って静かに丁寧に開閉した方がよいでしょう。通路を歩く際も、患者に会釈などをせずに素早く通り過ぎていました。診察券や保険証を返却する際、正面を向けることなく釣り銭トレーに無造作に置かれていました。

 
図1 今回の診療所のスコア


100点中49点でした。


「普通は……するべきなのに」で立腹
 
 このように受付スタッフの対応は、患者数がそれほど多くないのにもかかわらず、丁寧さや優しさに欠ける印象でした。イライラした様子で、患者へ心遣いや配慮をする余裕がないようにも感じられました。
 
 院長に覆面調査の結果を報告すると、「新卒スタッフだけでなく、2人の既存スタッフの対応も良いとは言えないということですね。意外でした」と言われました。その後行った覆面調査のフィードバック研修では、新卒スタッフはやや元気が感じられず笑顔に乏しいものの真面目に取り組んでおり、大きな問題は特になく終了しました。
 
 研修が終わった後、2人の既存スタッフに呼び止められ、新卒スタッフの育成の悩みについて話を聞くことになりました。すると以下のように、次々と訴えてきました。
 
 「普通は分からないことがあれば、自分から聞いてくるべきなのに何も質問しない」
 「普通は失敗したらみんなに謝るべきなのに、そのまま帰ってしまう」
 「普通はPC作業時に足を組むべきではないのに、足を組んで作業するのはおかしい」
 「普通は一度失敗したことは次からはしないようにするのに、改善しようとしない」
 
 このように、「普通は……するべきなのに、……しない(そのままにする)」ということが数多くあり、腹立たしく思っていることがよく分かりました。

 
覆面調査の結果を踏まえ、「確かにおっしゃる通り、彼女の患者対応はあまりいいとは言えません。これまで辛抱強く指導してきたのに、成果がなかなか出ないのは辛いですよね。皆さんはついイライラしてしまって、患者さんに優しい配慮をする余裕がなくなってしまっていて大変ですよね」と共感の気持ちを伝えました。すると2人の既存スタッフは涙を流して「本当に大変なんです。辛くて辛くて……おなかが痛くなるんです」と言われました。既存スタッフの責任感は素晴らしいと思いました。同時に「普通はこうするべき」という考え方に固執しているようにも感じました。


出来事の捉え方次第でイライラせずに済む
 
 そこで、2人の努力は素晴らしいと伝えた上で、ABC理論についてお話することにしました。ABC理論とは、米国の臨床心理学者アルバート・エリス氏によって提唱されたもので、感情がどのようにして起こるかを3つの要素(A:出来事、B:信念、C:結果)で表したものです。人は「A→B→C」の順番で出来事を処理しており、同じAが起こってもBの違いで、Cが変わることを示しています。
 
 今回の場合、Aは「新卒スタッフの態度」、Bは「新卒スタッフは自分から積極的に関わり、もし失敗したら謝罪をして、謙虚な態度で、再発防止に努めるべきだ」という(既存スタッフの主観的な)考え方、Cは「既存スタッフも心が乱れてイライラしてしまい、患者に優しく丁寧に接することができない」ことになります。ABC理論によると、人は出来事によって感情が揺さぶられるのではなく、その出来事をどう捉えるかによって感情が揺さぶられるということなのです。
 
 つまり、新卒スタッフの態度が自分の考え方と乖離しているため、自身も不機嫌になり患者にイライラをぶつけてしまうという悪循環になっているわけです。これは本当にもったいない話です。従って、まずイライラの原因となっている考え方(B)について、一緒に検討することにしました。
 
 すると既存スタッフから、「分からないことを質問するには勇気がいる」「失敗を繰り返さないために、注意事項や指示をメモすることを習慣化するとよい」との発言がありました。これらにより、「普通は……するべきなのに、……しない」と捉えるのではなく、「できていないことを伝えて改善してもらおう」と捉えるとよいのではないかと気付かれたようでした。2人の心が軽くなったように感じられました。
 
 出来事に対する捉え方(考え方)を変えることは効果的ですが、頭では理解できても、実践するのに大変な労力を必要とすることもあります。既存スタッフは2人とも未就学の子どもがいたので、この捉え方は子育てにも応用できると伝えたところ、日々実践する意欲が増したようでした。

 

〔今回のチェックポイント〕
☐愚痴を聞き流さず、原因を探ろうとしていますか
☐「……すべき」という考え方にとらわれていませんか
☐失敗や間違いを改善してもらおうとしていますか
 
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