覆面調査ルポ

2022.11.10

覆面調査ルポ 苦情が相次いだ発熱外来、職員の疲弊防ぐ対応法

Case55 苦情でスタッフが疲弊している内科クリニック

 今回の覆面調査では、ある地方都市の内科クリニックに伺いました。発熱を訴える患者が急増する中で苦情が多く発生しており、スタッフが疲弊しているとのことでした。院長としては、患者にはできるだけの対応をしているつもりだが、時には理不尽とも思える患者からの要求にどこまで対応すべきなのかと悩んでいました。また、これほどひどい苦情が寄せられるほど、スタッフの接遇が悪いのかを第三者の視点で診断してほしいとのことでした。

 院長から聞いた苦情は次のような内容でした。発熱外来はかかりつけ患者に限定し受診人数に制限を設け、予約しないと受診できないシステムにしています。しかし、「発熱してつらいのに、クリニックに行っても受診させないとは何事だ!患者を診ないつもりなのか。ここまでタクシーで来たからタクシー代を払え!!」と受付で怒鳴られることもしばしばあるとのことでした。

 発熱症状があるにもかかわらず、「自分はコロナ(感染者)ではなく大丈夫だから、診察しろ」、「コロナ(感染者)扱いするな。気分が悪い」、「わざわざ(クリニックまで)来たのに(診察せずに)帰すのか」などと言われ、スタッフはヘトヘトになるほど疲れているそうです。また、発熱外来の予約がいっぱいで診察できないことを電話で伝えると、「断るとは何事だ。10年以上もかかりつけとして通っていたにもかかわらず、困ったときに助けてくれないのか?」と冷たく言い放たれた上、電話をガチャンと乱暴に切られてしまい、そのスタッフはすっかり萎縮してしまいました。

 患者の体調が悪く精神的に不安定になっている時に自分の思うようにならないと、きつい言葉で文句を言ったり怒ったりするのは致し方ない部分があるかもしれません。しかし、苦情の言われ方や内容を聞くと、スタッフのみなさんのつらい気持ちは容易に想像できます。覆面調査を行った上で、患者にどう対応すればよいかを提案することになりました。


患者に寄り添うための一言があれば
 
 早速、覆面調査員のA子が訪れることになりました。そのクリニックは駐車場や駐輪スペースが広く確保してあり、ゆったりとした外観で、多くの患者が来ても問題ない広さでした。

 クリニックに入った際、土足でそのまま入っていいのかと迷っていたら、スタッフが気付いて「そのままどうぞ」と声をかけてくれました。とても好印象でした。スタッフの身だしなみはみなさんきちんと整っており、清潔感が感じられました。マスクで表情はわかりにくいのですが、笑顔が感じられる方もいました。

 待合ロビーにはほどよい音量で音楽が流れ、雰囲気も落ち着いていて、居心地が良かったです。感染対策や清掃が行き届いており、特にトイレがきれいで、清潔な印象を持ちました。全体としておおむね良い印象でした。

 しかしながら、いくつか気になる点も見受けられました。

 初診受付の書類に必要事項を記入し、ある受付スタッフに提出すると、別のスタッフが横からいきなり「保険証です」と言って渡してきたので、びっくりしてしまいました。対応が悪いわけではありませんが、「失礼いたします」といった声かけがないまま急に話しかけると、粗野な印象を与える恐れがあります。

 院長の言葉遣いは丁寧なのですが、「話をきちんと最後まで聞いてほしい」と感じることがありました。こちらから症状について話をすると、「それはおいおい聞きます」と言われたのですが、結局聞いてもらえないままでした。パソコンに入力しながら診察するので、やや冷たい印象を持ちました。

 初診だったので、「バックグラウンドをまず聞いていきます」と生活習慣や既往症の各項目について機械的に質問されたので、やや尋問されているように感じました。その際に「以前大腸ポリープがあったので、下痢をするたびに不安です」と伝えましたが、明確に答えてもらえず、そのまま質問が続きました。

 
図1 今回の診療所のスコア


100点中52点でした。


 診察の最後に「しばらくはおかゆなどの胃腸に優しいものを食べてください。アルコールは禁止です」と説明されたので、「え!ビールも禁止ですか」と尋ねたところ、「傷口にアルコールを塗ったら痛いでしょう?それと同じです」と言われました。医学的には適切な指導内容だと思いますが、「暑い日は続きますが、ビールはしばらく控えた方がよいですね」など、患者に一歩寄り添った伝え方であれば、ずいぶん印象が違ってくると思いました。

 訪問前に予約方法や道順などを電話で問い合わせました。その際、電話に出ていただくまでに8コール以上かかり、電話に出てからも「(大変)お待たせいたしました」の一言がありませんでした。その後、保留した際も待ち時間が1分以上だった上、「お待たせしました」の言葉がなく、少し配慮に欠ける印象でした。問い合わせ内容には適切に答えていただきましたが、こうしたところで患者がカチンと来てしまうともったいないと感じました。

 覆面調査の結果を基に、まず接遇のレベルが特に低いことはなく、基本的なことはきちんとできていると院長に説明しました。苦情を受けるのが当然というレベルではありませんでした。その一方、印象を悪くするような言動が散見されたので、ちょっとした心遣いを伝えるスキルや、患者と話す際に付け加えるとよい一言や話し方などについて伝えました。


増加傾向にあるクレームの類型とは?
 
 『クレーム対応「完全撃退」マニュアル』(ダイヤモンド社、2018)の著者である援川聡氏によると、苦情を言ってくる患者は「ホワイトゾーン」、「ブラックゾーン」、「グレーゾーン」の3つに大きく分類できるとのことです。

 まず「ホワイトゾーン」ですが、正当な要求や苦情を申し立てる患者です。厳しい口調で問い詰めたり、文書の提出を求めたりする人もいますが、要求内容に理不尽なところはありません。クリニック側の配慮が行き届かなかったり誤解を与えてしまったりしているケースで、多くは誠実なおわびと改善によって解決します。私の経験では、クリニックに寄せられる苦情の大半はこのホワイトゾーンです。

 次にブラックゾーンですが、金品を脅し取る目的で詐欺・恐喝まがいのことをします。以前は反社会的勢力の“プロ”のクレーマーがいましたが、最近は暴力団対策法により激減しています。その一方で、一般人の一部が悪質なクレーマーとなり、意図的に金品を要求したり詐欺まがいのクレームを起こしたりすると、このブラックゾーンに属することになります。

 そしてホワイトゾーンとブラックゾーンの中間に属するのがグレーゾーンです。今、このグレーゾーンに該当する患者が増え、クリニックを悩ませているのです。援川氏によると、このグレーゾーンはさらに3つのタイプに分けられます。
 
(1)初めから悪意があるのではなく、ふとしたきっかけで怒りに任せて大声を張り上げたり、文句を並べ立てたりするのが特徴です。メンタル不全、不安やストレスを抱え、思い通りにならないいら立ちを苦情で発散するタイプです。
 
(2)過剰な要求を繰り返すタイプです。何かと文句を付け、あわよくばいい思いができるのではないかと欲を出したり、土下座を要求したりすることがあります。グレータイプの中でも急増しています。
 
(3)善良な市民を装っていますが、犯罪一歩手前の手口を使って、金品を取得しようとしたり特別待遇を求めたりする悪質性の高いクレーマーです。


最初の5分間の対応が大事
 
 こうした分類を認識した上で、苦情が発生したときにどのように対応すべきでしょうか。私は次の3ステップを提唱しています。
 
(1)最初の5分は真摯におわびをして、解決に努める
対応のポイントは「丁寧に患者の言い分を聞く」、「途中で話を遮らない」、「クレーマー扱いをせず、相手には最大の誠意を見せる」です。
遅いと評価されないので、素早く対応しましょう。この段階でクレーマー扱いしてしまうと、ホワイトゾーンや悪意のないグレーゾーンであっても患者を激怒させてしまい、その後の対応に苦慮してしまうことが少なくありません。この最初の5分の接遇スキルを磨くことは大切です。
 
(2)30分を目安にタイプを見極め、解決策を探る
最初の5分で、怒りが収まらないようであれば、苦情対応の3原則(場所を変える、人を代える、時を変える)を適用します。
まずは面談室などに案内し、椅子にかけていただき、落ち着いた環境で話を聞きます(場所を変える)。クレーム対応の経験の少ないスタッフが最初に対応していた場合、このタイミングで1つ上の役職者が対応してもよいでしょう(人を代える)。複数で対応することは大切なポイントですが、この段階ではまだ院長は対応せず、院長という“最終カード”は取っておくことをお勧めします。30分を目安に話を聞き、それでも怒りが収まらなかったり合意に至らなかったりした場合は、次回の面談日を決めることも有効です(時を変える)。
 
(3)理不尽・過剰な要求であれば、毅然と要求を断る
(1)、(2)のステップを踏んでも解決しなかった場合は、事実関係を把握した上でクリニック側に非がないかを確認します。理不尽な、あるいは過剰な要求と判断した場合は毅然と対応することが必要です。
悪質クレーマーには、個人ではなく組織で対応することが重要です。日ごろからスタッフに対し、悪質クレーマーにはクリニックとして毅然と対応をする、スタッフを守ることを最優先する──と伝えておきます。対応のフローチャートを作成し、暴言や暴力などがあった場合、スタッフが警察に直接連絡してもよいと伝えておくとよいでしょう。
スタッフが悪質クレーマーに自信を持って対応できるよう、院内に暴力禁止のポスターを貼っておくと効果的です。医療安全の専門家である関西医科大学教授の三木明子氏によると、医療機関向けの「暴力防止啓発ポスター」に、許可を取った上で院長名と管轄警察署名を明記するとよりよいとのことです。
 
 苦情と言っても、その内容や背景事情は実に多様です。ちょっとした心遣いで防げる苦情が多くあることを認識し、接遇の技術向上に努めることも大切です。「情けは人のためならず」──他人に親切にすると、やがて良い報いとなって自分に戻ってくるという意味です。忙しい業務の中では配慮の言葉や心遣いの優先順位を下げてしまいがちかもしれませんが、苦情やトラブルを防ぎスタッフ自身の身体や心を守ることにつながるので、接遇力の向上は有効な解決策の1つだと思います。

 

〔今回のチェックポイント〕
☐患者に寄り添った一言を付け加えて話すよう意識していますか
☐苦情への対応手順を定め、スタッフに周知していますか
☐悪質な苦情には毅然と対応できる体制になっていますか
 
日経メディカルオンライン掲載記事はこちら
研修メニューはこちら

PAGETOP