2021.03.01
覆面調査ルポ 休みの連絡は彼氏経由、注意したら音信不通に
Case16 20代看護師への指導に悩む内科院長
今回は、ある内科クリニックの40歳代男性院長からのご依頼です。このクリニックは開業して約10年。様々な看護師を雇用し、それまで大きな問題はなかったものの、半年前に入職した20歳代看護師の勤務態度などに困っているとのこと。「態度が冷たい」「笑顔がない」「傲慢に見える」といった苦情が患者から寄せられているというのです。院長にも心当たりはありましたが、実態を正確に把握したいということで覆面調査を依頼されました。
……が、問題はそれだけではありませんでした。
早速、覆面調査員A子が車でクリニックに向かうと、洗練された白い外観の建物が見えてきました。近代的でありながら、温かみを感じさせる白と木目を基調とした素晴らしい外観のクリニックです。
正面玄関を入ってすぐのところに大きな常緑樹があり、患者を温かくお迎えしてくれているような印象でした。受付・会計には天井からぶら下がるタイプの照明があり、ホテルを思わせるようなおしゃれなインテリアに、院長のセンスの良さが感じられました。施設内は、白い壁に薄いピンク系の床で、椅子はアイボリーと茶のツートンと、全体の調和が取れていました。ところどころに観葉植物が置かれていて癒しが感じられ、外に置いてある花もきれいで心が和みました。
今回の診療所のスコア
100点中44点でした。
内装の素晴らしさに比べ職員の応対は…
受付は混み合っていたせいか、順番が来ると、「こんにちは」という挨拶はなく、「はい」という簡単な声掛けだけで応対が始まりました。院内ですれ違っても挨拶してくださる方はいないので、少し素っ気ない気がしました。受付担当者は「こんにちは」と声は出していましたが、保険証だけを見て、アイコンタクトはありませんでした。
外観や内装は非常に洗練されていたのにもかかわらず、職員の応対はややこなれていない部分があり、アンバランスな印象を受けました。
診察室では、すれ違って目が合っても表情を変えない方がいました。仕事を嫌々やっているような表情で、あまり気持ちの良いものではありません。また看護師が、高齢の患者に「ここに横になってください」と伝えていたのですが、一度で聞き取れなかったようで、患者は座ったまま。
すると二度目は、大きな声で、まるで命令しているように「横になってくださいよ!」と看護師が言っていました。何度も言わなければならないことで苛立つ気持ちが、周囲にも伝わっていました。
勤務態度に同僚からも苦情が
私は覆面調査員からの報告を基に、院長に職員の接遇の改善点についてご説明しました。まず、看護師の応対がとても悪く、多くの患者に不愉快な思いをさせている恐れがあることを伝えました。
自分の思うように物事が進まないとイライラとする様子で、患者や周囲のスタッフにきつい口調で言い放っており、他のスタッフも半ばあきれつつ、納得いかない表情で仕事をしているため、全体の雰囲気が非常に悪くなっているとフィードバックしました。
院長は、「やっぱり分かるのですね。1回の調査でも」と大きくうなずきました。「実は、彼女が入職してからというもの、スタッフがなんだかギスギスしてしまっているんです。彼女はイラッとするとすぐに表情や態度に出てしまい、周囲に八つ当たりをするので、みな困惑しているのです」と院長。
しかも看護師は勤務態度もあまり良くないとのこと。先日は「頭痛で休む」という連絡を、同僚にLINEで伝えてきて、同僚から院長に休みの報告がありました。そのほかにも「退社時間になったら挨拶をせず勝手に帰る」「休憩室に私物を置く」「診察中に大笑いする」「返事をしない」などの苦情がスタッフから寄せられていました。
院長は一応、本人に注意してはいたものの、「社会人としての常識まで私が教育するのも変だと思いまして……」と、どこまで指導すればよいのか悩まれている様子です。確かに、院長にとっての常識が相手にとっての常識ではないときは、どのように伝えるか困ってしまいます。しかし当の看護師は、看護学校を卒業してから大病院のような組織で働いた経験がなく、社会人としての常識を学ぶ機会がなかったのかもしれません。
このような場合、組織での働き方を教えることは、マネジメント層の重要な仕事です。まずはクリニックで服務規律などのルールをきちんと定め、それを伝えていくことが大切です。そこで、他のスタッフを含め、社会人としてのマナーを中心としたフィードバック研修を実施することを提案しました。
研修当日に休みの連絡
ところが研修の前日、院長から突然、私の携帯に連絡がありました。電話に出ると院長は、怒りに満ちあふれた声で話し始めました。
その2日前に、当の看護師が急に欠勤。朝に本人ではなく、交際中の男性から「僕、○○さんの彼氏ですけど、本人の体調が悪いので休みます」という電話がかかってきたのです。その電話を取った受付の女性も「分かりました」の一言で済ませてしまい、電話をかけられないほど重い状態なのかどうか分かりませんでした。
翌日、彼女は何事もなかったかのように出勤し、本人の説明により重い病状ではなかったことが判明。これには院長の我慢も限界を超えたそうで、「休む場合は本人が直接連絡するようにしてください」と注意したところ、不満そうに「はい」とだけ低い小さな声で答えました。
そして迎えた研修の日の朝です。今度は本人から電話がかかってきました。「私、昨夜、救急車で運ばれて、病院に1週間検査入院することになりました。1週間休みます。その後のことは分かりません」という電話でした。
しかし、この時も受付スタッフは「どこの病院に入院したのか、どんな症状なのか」といった確認をせずに、電話を切ってしまいました。院長があわてて本人の携帯に電話しても誰も出ず、その後は一度もつながらなくなってしまいました。結局、その後も看護師はクリニックに姿を見せることがなく、自然退職の扱いとなりました。結局、その看護師が不在のまま、社会人としてのマナーを重視したフィードバック研修を行うことになりました。彼女はいませんでしたが、内容は変更しませんでした。服務規律などのルールをきちんと定め、クリニックとしての常識、ルールをスタッフ全員で共有しておけば、それを守らない人に対し、院長も同僚も言葉で伝えることができるようになるからです。
服務規律の乱れは職場の荒廃を招く
社会人としての常識や職場の基本的なマナーについて、医療従事者は企業の従業員などに比べて学ぶ機会が少ない傾向があります。しかも、世代や育った環境が違うと、院長が常識と思っている事柄が、若いスタッフにとっては常識でないことは少なくありません。ですからクリニックでは、職場のマナーなどに関するルールをきちんと定め、入職時にしっかり伝えておく必要があります。
院長が「こんな常識的なことを伝えるのは面倒だ」「当たり前だろう」と考え、服務規律の乱れを放っておくと、どんどん職場は荒れ、職員のモラルが低下していきます。モラルの低下はそのまま患者接遇の低下につながってしまうので要注意です。
定めたルールをきちんと守ってもらうように指導することで、まじめなスタッフは成長し、そうでないスタッフは変わるか自ら辞めることを選択し、組織全体の改善につながります。クリニックの服務規律は、院長が主導して定めていただいて構いません。その上で、スタッフに意見を聞き、スタッフがどうしても同意できないものについては話し合いをして決めていくとよいでしょう。
研修でお伝えした社会人としての心構え・マナーは、主に以下の5項目です。その他にも指示、命令と報告の仕方、職場のルールなど多岐にわたりますが、まずはこの5項目を強調してお伝えしました。
(1)健康管理はしっかりと
健康であることは、仕事をする上で欠かせない要素です。もちろん例外はありますが、健康管理を含め自己管理ができない人は周囲に迷惑を掛け、仕事ができる人とは評価されなくなってしまう可能性があります。
(2)向上心を持つ
仕事において、生きがいや面白みを見つけるためには、与えられた仕事をただ指示通りにやるのではなく、自分で目標を立て、前向きな姿勢で取り組むことが必要です。また常に新しい知識や情報を収集し、能力の向上に努めましょう。
(3)公私混同は避ける
ルールを守ることは、社会人の義務です。また仕事中に私的な長電話をしたり、身勝手な行動を取ったりしないようにしましょう。
(4)上下関係をわきまえ、気配りを心掛ける
上司、先輩の指示に素直に従うのはもちろんのこと、後輩や同僚、お客様に対しても、相手の立場になって物事を考え、気配りを心がけましょう。
(5)整理整頓・清掃
自分の机回りの清掃や整理整頓は、仕事の効率にも影響します。机の上にはなるべく物を置かないようにし、床にごみが落ちていた時などは、率先して拾いましょう。
当たり前のことばかりに見えるかもしれませんが、職員がこれらを全て実践しようとするだけでも、職場の雰囲気は変わってくるものです。退職してしまった看護師にお話しできなかったのは残念でしたが、幸い、その他のスタッフたちが研修後、これの内容を意識して日々の業務に取り組んでくれているようです。
〔職場のマナーチェックリスト(新入職員の困った行動)〕
☐無断欠勤をする
☐あいさつをしない
☐休憩時間を平気でオーバーする
☐返事をしない
☐遅刻をする
※1つでも該当する人がいると、職場の規律が乱れている可能性があります。
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