2020.11.16
覆面調査ルポ 覆面調査員もイラッとした「かみ合わない対応」
Case2 コミュニケーション力に欠ける受付スタッフ
今回は、郊外にある内科、皮膚科診療所の覆面調査の様子をお伝えします。
この診療所は、先代から医師である娘に事業承継したばかり。その際、以前から勤めていた看護師はほとんど退職しなかったのですが、新しい電子カルテの導入などがあり、受付スタッフの大半は退職してしまいました。そこで新たに、受付スタッフを採用することにしたのです。
採用活動は、なかなかうまくいきませんでした。経験がないスタッフを採用しても、教育できる人がいないので育成することができません。面接の際、コミュニケーションが少しかみ合わないところがあることに気付いてはいたものの、医療事務経験者である40歳代女性のB子を採用しました。
ところが、このB子が問題を引き起こしました。患者からのクレームが、ひっきりなしに寄せられるのです。院長からすると、言葉遣いが特に悪いわけでもなく、まじめにやっているように見える。しかし、患者からはクレームが多く、他のスタッフからも浮いているようです。
そんなとき、院長が弊社のサービスを知り、覆面調査を依頼されました。B子が実際のところ、どういう対応をしているのか、問題点は何なのかを明らかにするのが目的でした。
電話を掛けるとワンコールでB子さんが出られました。「はい、〇〇クリニックですぅ」
声は低めで、少し砕けた話し方です。
覆面調査員(A子)「初診で予約をしたいんですが……」
受付スタッフ(B子)「初めてですかぁ? この電話ではちょーっとできないんですよ~」
…無言…
調査員「では、電話予約はできないということですか?」
B子「そうではなくて、診察券がいるんですぅ」
「何科に受診されますか?」と急に話が飛び、
調査員「皮膚科を受診したいのですが…」と言うと
B子「本日、18時15分なら空いていますよ」
と希望の日にちを尋ねてもいないのに、当日の診察の空き状況を伝えられました。
調査員のA子が今日は行けないと言うと、
B子「あのぉ、初めてだと電話で予約できないんでぇ、直接来てくださーい。すみませーん」
との回答。話がかみ合わないため、正直イライラしたそうです。
次に、道順について尋ねてみました。
調査員「最寄りの駅はどちらですか?」
B子「○○駅です」
…無言…
調査員「駅から診療所まで、どのくらい掛かりますか?」
B子「え~~駅からですか? かなりありますよぉ。歩くのは無理です」
…無言…
調査員「では、車でしか行けないんですか?」
B子「バスがあるみたいなんですけど、バス停からちょっと歩くし……」
…無言…
調査員「そうですか、では調べて伺います」
B子「お気を付けてお越しください」
全体的に、語尾伸ばしが多く、なれなれしい話し方でした。
また話がかみ合っていないことも多く、質問に対して的確な返答がありません。電話の相手の不安や困りごとを解決するための提案もありませんので、不誠実な印象でした。結局、予約する方法や予約ができない理由についてよく分からないままで、交通手段も教えてもらうことができなかったのです。
実際にお伺いするとどんな感じなんだろう? 覆面調査員A子は、スッキリとしない気持ちのまま調査に出掛けました。
平日の11時ごろ、患者の来院が少し落ち着いてきた時間、A子は訪問しました。
入口から入ると正面に受付がありますが、誰とも目が合うことがなく、声掛けもありません。カウンターの前に立っても、何の声掛けもありません。
表情は常に硬く、「話し掛けてほしくないオーラ」をまとっているようにも感じましたし、本当に気付いていないようにも見えました。
意を決して「初診ですが……」というと「はい」という返事。そして無言の間。
「保険証をお出しください」「いかがなさいましたか」といった声掛けは全くなく、こちらが保険証を出すと「問診票に記入してください」と一言。本当にコミュニケーションがかみ合わず、イライラは募るばかりでした。
何が悪い印象なのか、理解できないスタッフ
調査を実施した後、スタッフ全員に向けて1時間程度のフィードバック接遇研修を行いました。院長の希望もあり、こちらのクリニックへの覆面調査の結果であることを正直にお伝えし、電話応対の詳細は、B子本人のみに、マンツーマンで丁寧なフィードバックを行いました。
ところが、B子に伝えても、何が悪いのか分からないとのこと。もともと、共感力とコミュニケーション力が高くない方だということが分かりました。
研修だけで、彼女のコミュニケーション力自体を変えることは簡単ではないけれども、表情や立ち居振る舞い、言葉遣いを改善することにより、今より印象を良くすることはできると院長に説明しました。
また相手の言ったことを、タイミングよく、オウム返しのように一度、「〇〇ということですね」と確認してから、次の話をすることにより、話がかみ合わないという問題を改善させられるともアドバイスしました。
交通手段については、B子にいつもどのようにご案内しているか尋ねてみたところ、「私はこの辺に引っ越してきたばかりで、よく分かりません」と話していました。自分がよく知らないので、「分からない」とご案内してしまっていたようです。
ホームページには表示があるにもかかわらず、そのレベルのご案内もしていなかったのです。
そこで、いつでも答えられるようにマニュアルを作成しておくとよいとお伝えしました。
こうしたフィードバック研修の後、B子の言葉遣いや姿勢は格段に改善しました。
研修後も続く苦情に院長も対応を悩み…
しかしながら、苦情は幾分減ったものの、なくなることはありません。院長は、彼女に続けてもらうべきなのか、辞めさせた方がいいのか迷っていました。相談を受けた私どもは、半年間の継続的な研修を提案しました。
スタッフの方には、もちろん辞めていただきたくありません。しかし、このままにしておくと診療所の評判が、どんどん悪くなってしまいます。何が良くて、何がいけないのかを、集合研修の中で体系的にお伝えしていくことにしました。
研修でB子は積極的に発言し、誰よりも良い姿勢で参加していましたが、一番大切な「思いやりの心を伝える」「状況に合わせて臨機応変に対応する」というロールプレイになると、全くできないことが明らかになりました。
院長は、通常の業務で、粘り強く指導を続けましたし、私も、モチベーションを下げないよう細心の注意を払いながら、アドバイスを続けました。
ところがある日、B子から「私は向いていないので、退職させてください」との申し出がありました。残念な気持ちもありましたが、患者さんからの苦情は続いていたので、院長は了承することにしました。私どもとしても、とても残念でした。
覆面調査を実施して研修を行うことにより、劇的な変化をもたらし、印象の良い対応につなげるのが、最も目指すべき成果です。しかしながら、どうしても患者対応に向いていない方もいらっしゃることは否めません。
採用面接などの際に「スタッフの役割は何か」をしっかり伝え、それを遂行する意思のある方に勤務していただくことが重要です。
単に、診察券や金銭のやりとりをするだけが受付の仕事ではありません。辛い気持ちでお越しになる患者さんが、診療所に来ることによって少しでも元気になっていただけるような心遣いが求められます。
労働者を解雇するのは、診療所スタッフに疲弊をもたらします。スタッフにとっては仕事量が増えるばかりでなく、「次は自分が解雇されるのではないか?」という不安ももたらすからです。そうした雰囲気が形成されると業務を円滑に進めにくく、経営者も疲弊してしまいます。
採用の段階から、その人の資質を見極めることは極めて重要です。面接だけで採用するのではなく、「CUBIC」などの採用適性検査を用いてその人を多面的に評価するのが有効です。そして、患者さんへの気遣いもスタッフの仕事の一つであることを伝え、共感していただける方を採用することが不可欠です。
また、採用のとき最初から正社員とするのではなく、まずは3カ月間ほどの試用期間を定めて契約し、その後に正社員として登用する制度を取り入れる方法もあります。
最後に、貴院の接遇で下記の点をきちんと実践できているかどうか、ぜひチェックしてみてください。
〔今回のチェックポイント〕
☐来院時の交通手段、アクセスのご案内マニュアルがある
☐採用時、診療所の理念とスタッフの役割を正しく伝えている
☐問題スタッフがいる場合、あきらめず指導を継続している
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