改善事例

2022.03.07

覆面調査ルポ 覆面調査員も憤った代診医師の話し方

Case51 代診日になると患者数が急減する内科診療所

 今回、依頼があったのは住宅街にある内科診療所です。

 開業して10年がたち、患者数が順調に増えて経営が安定してきたことや、院長が自分の時間を確保するために、半年前から代診の医師に週1回、来てもらうことにしました。その医師は、院長の大学の先輩でもあり、知識、技術は申し分ありません。ところが、代診医師の患者への対応に関して、評判がとても悪く、代診日だけ目に見えて患者数が減ってきているとのことでした。

 患者からは「受付職員や看護師の対応は丁寧で問題ないのに、医師はムスッとした態度で話を聞くだけ聞いて、『はい、じゃあ薬出しときますね』の一言しか言わず、10秒で診察が終わってしまった。診てもらっている気が全くしない。あんな態度じゃ何も相談できない」といった苦情が院長に寄せられたそうです。受付にも「あの先生は無愛想で怖いから、次はあの先生の担当じゃない日に受診したい」という相談が来るようになり、院長の診察日にますます患者が集中した結果、待ち時間も増える一方だとのこと。

 このままだと、その代診医師だけでなくクリニック全体の印象も悪くなってしまいそうです。とはいえ、院長としても、自らが代診を依頼した医師に対して接遇の改善をお願いするのは、何だか失礼なようにも感じていました。

 そこで、覆面調査を実施し、その結果を基に第三者からフィードバックを行うことで改善につなげることになりました。


スタッフの対応には優しさが
 
 早速、覆面調査員A子が調査に向かいました。その内科クリニックは、開業10年ということもあり、真新しいわけではありませんが、無駄のないシンプルな作りが、かえって清潔な印象を与えていました。公共交通機関だとアクセスが少し不便ですが、駐車場が広く、来院しやすいと感じました。車いすで、スムーズに通院できるようなスロープや、待合室にも適度なスペースが確保されており、高齢者が安心できるような作りでした。

 来院時、受付スタッフからは、明るい笑顔でのあいさつは特になかったのですが、声のトーンや目元の表情が柔らかかったので、冷たい印象はありませんでした。

 受付スタッフは待合で座っている体調の悪そうな患者に「大丈夫ですか?」「もしよかったら奥のベッドで休んでくださいね」と積極的に声をかけていて、患者のことをよく見ていると思いました。また足の不自由な高齢の患者を診察室に呼んだ際は「ゆっくりで大丈夫ですよ」と声かけしていて、優しさを感じました。バスの時間を聞いている患者に対して、その人が乗ろうとしていたバスが出たばかりであること、次は30分以上待たなければならないことを伝えたり、別のルートを調べるなど、親身に相談に乗っていました。「もしよければ待合室でお待ちくださいね」と声をかけていて、その丁寧な対応に気持ちが温かくなりました。


「話をきちんと聞いていない?」とA子が不安に
 
 覆面調査を行う際、通常は相談の経緯をあらかじめ覆面調査員に伝えることはしません。事前情報があるとバイアスがかかり、正確に調査できなくなることがあるからです。今回も覆面調査員A子は、医師に問題があることを知らずに調査をしていました。しかし、A子は今回の調査が終わるとすぐに、「医師の接遇がひどくてとても残念でした」と憤った様子で報告してきました。

 A子の報告は次のようなものでした。

 A子が診察室に通され、待っていると、代診医師が「こんにちは」と言って入ってきました。笑顔はなく、抑揚もなく、ただ言っているだけという印象で、それまでの受付スタッフや看護師などの優しい対応からのギャップに面食らったそうです。

 診察中も終始、無表情のように感じました。A子は便秘を訴えて受診し、

・ここ2~3年、排便後のスッキリ感がない
・また、便が細くなってきているような気がする
・薬にはあまり頼りたくない

といった内容を伝えたのですが、代診医師はこちらの目を見ることもなく、パソコン画面を見ながら話を聞いていたそうです。そして黙って話を聞いた後、A子に「薬を飲みたくないんだったら、どうしたらいいんでしょうね?」と聞き返したとのこと。A子はひどく戸惑いました。

 それからA子が「検査とかを受けなくても大丈夫でしょうか?」と聞いたところ、代診医師は「別に最近、便の調子が変わったわけじゃないんですよね?」と言ったそうです。A子は便の調子が変わったことを医師に伝えたと思っていたのに、話をきちんと聞いてくれなかったのかと不安になっただけでなく、「この先生は私の気持ちに寄り添ってくれていない」と悲しい気持ちになりました。

 

今回の診療所のスコア

100点中40点でした。


「どうしたらいいんでしょうね」も言い方次第
 
 覆面調査員A子はかなり不満がたまった調子でこれらの経緯を報告してきたのですが、読者の皆さまは今回の代診医師とのやり取りをお読みになり、なぜ患者が悲しい気持ちになったのかお分かりになったでしょうか。

 医師の立場からすれば、「薬に頼りたくない」という患者の言葉を聞き、その気持ちを尊重した上で、解決策について「どうしたらいいんでしょうね」と口にしました。患者の話を聞いていないわけではありません。しかし患者は、「薬に頼りたくない」という言葉だけを切り取られたように感じてしまいました。「医師に真意が伝わらなかった」という不安を抱かせてしまった原因は何でしょうか。

 また「検査」に関しては、コミュニケーションの小さなズレが原因で不快感を与えてしまった可能性があります。患者はここ2~3年を「最近」と考えて「便の様子が変わった」と話したつもりだったのですが、代診医師にとっての「ここ最近」は、2~3カ月の意味だったのかもしれません。医療機関への苦情は、少なからず誤解から生じると言われています。お互いの意図が伝わらず、誤解を生んでしまった可能性があります。


誤解が生じてしまった理由は
 
 誤解が原因で患者の不安が増大し、気分を害し、不快な気持ちになったのであれば、非常にもったいないことです。なぜ今回のケースですれ違いが生じてしまったのでしょうか。

 その主な要因は、医師と患者の間にラポールが形成されていなかったからです。「ラポール」とは、カウンセリング学の用語で、「共感関係、協調関係、親和性のある関係、了解に基づく関係」のことです(佐藤綾子 著、『医師のためのパフォーマンス学入門』[日経メディカル開発、2011年])。

 例えば、血圧が高めで太り気味の女性患者に対して、医師が体重を減らすように指導する場面を考えてみましょう。医師と患者の間にラポールが形成されていれば、医師が「○○さん、もう少し、体重を減らしましょうね」と伝えたとしても、患者は「そうですよね。やせないとだめですよね」と素直に受け取ります。ところが、ラポールが形成されていない場合、医師が全く同じ言葉を用いたとしても、患者は「何て失礼な! そんなこと分かっているのにわざわざ言わないでよ!」と気分を害してしまい、体重を減らそうという意欲が低下しかねません。結果として、治療の効果は出にくくなることも考えられます。

 今回の覆面調査では、医師は患者に「こんにちは」と言ったものの、笑顔やアイコンタクト、抑揚もなく、ただ言っているだけと思わせるような話し方でした。また診察中も終始、無表情で患者の顔を見ることなく、パソコン画面を見ながら話していましたので、この場合、患者は「医師が自分の味方である」「親身になってくれている」「尊重されている」などと感じることはできません。

 医師からすれば、限られた時間で患者の話を効率的に聞くためには、患者の訴えの中から「大したことのない」内容を頭の中で除外していく作業が必要でしょう。そうだとしても、それを態度に出し、軽く流してしまうと患者としては、「苦しみを分かってくれない」「話を聞いてくれない」と思ってしまうものなのです。ですから、「そうなんですね。それはご心配ですね」「大変でしたね」などと、患者の訴えを一旦受け入れることが重要です。患者の訴えを繰り返すだけでも、「この先生は、自分の話を聞いてくれている」と患者は安心します。

 また、うなずきや相づちもとても重要です。医師がうなずいたりして反応を示さなければ、患者は「先生は私の話を聞いてくれない」と思われてしまうものです。同時に、何を言っても「はいはい」とか「ふむふむ」のように、同じ相づちばかりを繰り返したり、患者の話が終わる前に、遮るように相づちを打ったりしてしまうと「ちっとも話を聞いてくれない」という印象になります。


ラポールを形成するためには
 
 ラポールを形成するための第一歩は、相手を尊重した行動です。笑顔であいさつをすること、適切なアイコンタクト、相づち、共感の言葉を伝えることにより、相手を尊重していることが伝わるのです。

 コロナ禍においては、医師も必ずマスクを着用し、患者からは医師の表情が読み取りにくくなっています。そこで重要性を増しているのは「声」です。

 社会心理学者のナリニ・アンバディ氏の研究によると、医師の「声」の特徴によって、患者の反感を招く可能性があることが分かりました(以下、引用)。

ナリニ・アンバディ氏の研究
 
 アンバディはまず、医師の会話を録音した音声から高周波の音を取り除き、言葉の意味を分からなくしました。次に、イントネーション、声の抑揚、リズムだけが残った音声を被験者に聞かせて、「この音声からどのような感じを受けるか」という印象を頼りに、音声を2つに分類しました。

 その結果、驚くべきことが分かりました。音声に敵意や威圧感が感じられると判断された医師は、温かさや気遣いが感じられると判断された医師に比べて、患者から訴えられた経験のある人が多かったのです。

(医師のためのパフォーマンス学入門から)

 
 この実験に協力した被験者たちには、個々の医師の技量や会話の内容は一切分かりません。耳に入ってきたのは、準言語コミュニケーションである声の抑揚、リズム、高低、大きさだけです。つまり「医師が患者から訴えられる」、言い換えれば不信感を抱かれるかどうかは、診察内容とは一見関係のなさそうな医師の声や話し方と深い関係があることが分かったのです。

 今回のクリニックに対しては、この調査結果を基に、フィードバック研修をすることになりました。特に医師に対してネガティブなフィードバックをするときは、院長とやり方を丁寧に確認してから伝えるようにしています。なぜなら、スタッフの前で医師に恥をかかせるようなことになってしまうと、その後のクリニック運営に支障が出る可能性があるからです。

 今回、「代診医師には、これからも継続的に力を貸してほしい」という院長の要望もあり、実際の研修においては、医師に限定される部分は削除し、後で個別に代診医師に対してフィードバックすることにしました。

 代診医師は、これまで患者と「ラポールを形成する」という視点を全く意識してこなかったようで、とても衝撃を受けた様子でした。これまで患者から「無愛想だ」と苦情を言われていることは把握していましたが、「真面目に患者に向き合っているのになぜだろう」と思っていたとのこと。今回の覆面調査で「話し方」や「聞き方」の部分での改善点が明確になり、やる気が湧いてきたようでした。

 
〔今回のチェックポイント〕
☐患者とラポールを形成していますか
☐患者を尊重していることを、表情や行動で示していますか
☐声の抑揚、リズム、高低など話し方に気をつけていますか
 
日経メディカルオンライン掲載記事はこちら
研修メニューはこちら

PAGETOP