2021.11.29
覆面調査ルポ 苦情相次ぐ「イライラ職員」の態度が改善した理由
Case44 「受付の人が怖い」と苦情を受けた耳鼻咽喉科診療所
今回はある地方都市の耳鼻咽喉科クリニックの事例です。
このクリニックには、患者さんから「受付スタッフの対応が怖い」という苦情が相次いでいました。当該のスタッフは特定できていて、院長は他の職員からも「○○さんがいるために働きづらい」「できれば一緒に働きたくない」などと言われていたようです。そこで今回、覆面調査で実態を把握することになりました(調査は新型コロナウイルス感染症が流行する前の時期に行われたものです)。
早速、覆面調査員A子がその耳鼻咽喉科クリニックに向かいました。建物は新しく清潔な印象で、内装もスタイリッシュでした。院長からは、「怖いスタッフ」と言われているB子が夕方になるとイライラし始めることが多いと聞いていたので、あえて診察終了時間の少し前にクリニックを訪れました。
書類の確認作業に没頭し…
玄関から中に入ると、待合室が混雑しており、椅子に座れない人もいました。ちらっと受付を見ると、マスクをして表情が見えないのにもかかわらず、イライラが伝わってくる目つきの職員B子がスタッフルームから出てきました。B子はバタンと勢いよくドアを閉め、受付に持ってきた書類をバサッと音を立てて置いています。
A子が受付の前に立っても、B子を含めた受付スタッフからあいさつがなかったため、A子から「すみません、初診なのですが」と声をかけました。するとB子が「保険証お願いします。これ書いてください」と問診票をバンっと渡してきました。保険証がなかなか見つからず、A子がモタモタしていると「はぁ」というB子のため息が聞こえてきて、A子は焦ったそうです。また、ちょうど受付近くの椅子が空いていたのですが、「お掛けになってご記入ください」などの案内もなく、A子は受付の横で立ったまま問診票に記入しました。
記入が終わり、A子は問診票を返そうと受付でキョロキョロしたのですが、B子は書類の確認作業に没頭していて、A子のことを全く気にしてくれません。A子が「問診票、書きましたのでお願いします」と言うと、ようやく顔を上げ、「あ、はい」と言って受け取り、再度、書類の確認作業に戻ってしまいました。「ありがとうございます。順番にお名前をお呼びしますね」などという声掛けはありませんでした。
A子が診察を終えると、待合室の患者の数はすっかり減っていましたが、B子のイライラは続いているようで、バタバタと書類の整理を続けていました。既に診療終了時間を過ぎていたのもあったと思いますが、会計でお金のやり取りをしたり、処方箋や明細書を渡したりする際も、B子はひどく慌てている様子でした。
A子は玄関の方に歩きながら渡された処方箋を見て、驚きました。他の人の名前が書かれていたからです。
「あの……この処方箋、他の人のものなんですけど」
とB子に伝えると、「えー、違いますかぁ!」と、B子はとても驚いた様子で、「じゃあ、返してください。もう一度、お名前をお願いします」と言って、名前と処方箋を確認しました。B子は積まれていた紙をゴソゴソと探し、しばらくして「ああ、こっちでした」と言って、A子の処方箋を見つけて渡しました。特にお詫びもなく、「お大事に」の言葉もありませんでした。
今回の診療所のスコア
100点中34点でした。
感情をコントロールするトレーニングを
A子からの覆面調査結果を院長に報告すると、「まさか、B子がこんなに対応が悪いとは思っていなかった」と院長は声を落としました。そして、「できれば、研修などで態度を改善させたいのだが、方法はあるのだろうか」と相談されました。
医療機関のように、非常に忙しい環境の中でマルチタスクをこなしながら対人サービスを行う業務では、感情をいかにマネジメントするかということがとても重要です。自分の感情に関心を持ち、「自分が今、どんな感情なのか」「その感情が相手に伝えているメッセージは何か?」と考えるトレーニングを重ねることがポイントです。
そこで、このクリニックでは後日、「感情」に焦点を当てて、感情知性を学ぶ研修を実施することにしました。感情知性とは感情を利用し、より充実した人生を歩むための知性です。関連する書籍として、日本では1997年にダニエル・ゴールマンによる『EQ 心の知能指数』が出版され、一躍ベストセラーになっています。
イライラという感情は誰しもが抱えています。本人としてはイライラを抑えたいと思っているのにもかかわらず感情が露呈し、職場の雰囲気を悪くしてしまうこともあります。ですから、「イライラする」という感情はどのようなもので、どこから来るのかを理解し、イライラとした感情による周囲へのマイナスの行動を減らしていく方法を学ぶことが大切なのです。
イライラは押さえ込んではいけない
そもそも、イライラなどの不快感や恐怖感、快感などの基本的な感情は、脳の扁桃核という非常に原始的な部分で生まれると考えられています。つまりイライラとする感情は、人間が生きていくためにとても重要な役割を持っているのです。
ですから、まずはイライラの感情に対して一般的に信じられている2つの間違いを理解することが必要です。
× イライラするという感情を持ってはいけない
× イライラとした気持ちは我慢しなければならない
イライラすることそのものは人間として当たり前の自然な感情であり、それを無くすことはできません。ただ、イライラは他の感情に比べて強いエネルギーを持っています。ですから、このイライラに振り回されて、つい人に当たってしまったり、そのイライラを抑えきれなくなって、結果として自分自身がつらい思いをすることがあります。
イライラに振り回されてしまわないようにするための3つのステップをご紹介します。
Step1 イライラしていると自分がどのような状況になるのかを理解する
Step2 「イライラそのものが悪いのではない」ということを理解する
Step3 イライラを無理に押さえ込んだり、目を背けるのをやめる
「イライラすること自体がダメだ」と考えて、イライラに向き合わないままだと、ずっと感情に振り回されてしまいます。まずは自分がイライラしていることに気付き、原因を見付け、解消法を考える──、こうした感情コントロールを具体的かつ論理的に行うことが大事です。
B子のイライラの裏には「義母との関係」が
また、イライラを解消するためには、イライラの感情に潜んでいる原因をひもといていくことも大事です。
例えば、今回のケースで登場したB子の場合、研修でイライラの原因をひもといていったところ、
「患者さんがこんな時間に来ると、また帰るのが遅くなる」
→子どもの習い事のお迎えに行けなくなる
→代わりに義理の母に依頼しなければならない
→義理の母から嫌味を言われる
→義理の母との関係が悪くなる
→夫にも嫌味を言われる
→腹が立つ
といった感情が存在していることが分かりました。
イライラは二次感情とも言われていて、裏側にはイライラを生み出す原因となる感情、つまり一次感情が潜んでいます。しかし、私たちはその一次感情になかなか気付くことができません。この一次感情に気付かずにイライラだけが表に出ていると、今回の覆面調査のように、患者に対してイライラが伝わり、相手を嫌な気持ちにさせてしまいます。
恐らくB子には「定時に帰るのが当然だ」「子どもの習い事のお迎えは私が行くべきだ」「義理の母に迷惑をかけることはできない」「夫や義理の母は、子育てに協力してくれない」といった考えがあるために、診察終了時間の間際に来た患者に対し、「私、あなたのせいで定時に帰れないから、もっと早く来て!」という感情を抱いてしまうのでしょう。もちろん、患者に直接言うわけにはいきませんので、その感情を何らかの形でぶつけることによって、解消しようとするのです。結果として、自分ではそんなつもりはないのに、患者さんを嫌な気持ちにさせたり、周囲の職員にも悪い影響を与えたりしていました。イライラという感情は、ほとんどの場合、「○○すべきだ」というその人の価値観が脅かされたときや裏切られたときに生まれます。そして「こうすべき」という価値観は人それぞれ違うので、イライラの原因が他人からあまり理解されず、簡単には解消されないのです。
大切なのは、そのイライラするという感情を受け入れつつ、そのイライラを解消する具体的な手段を周囲を巻き込んで考えることです。実際に研修では、まずB子が自分から事情を明かしてくれたことで、イライラの原因をスタッフ全員で共有することができました。その後、子どものお迎えで定時に帰らなければならない曜日は、B子が残業しなくても済むように他のスタッフが協力することになりました。また、このB子が残業できる日、他のスタッフが定時に帰りたい曜日などを全員で共有し、必要な日に定時上がりができるようにお互いが協力することにしたのです。
院長から聞いた話では、B子はその後、診療終了間際に待合が混んでいたとしてもあまりイライラしなくなったそうです。他の職員も、「B子さんの心に余裕ができたので、周囲に当たることもなくなり、一緒に働いていても嫌な気分にならなくなった」と話しているそうです。
このように、研修などの場で意識的に職員たちのイライラの原因を解きほぐしていくことで、職員の相互理解が進み、職場の雰囲気を改善できることがあります。最近、脳科学や心理学の発展によって、感情を良い状態に、つまり幸せな状態に保てば、生産性の向上や離職率の低下につながることが科学的に分かってきました。皆さんも、スタッフそれぞれの感情に目を向けて、そのマネジメントに取り組んでみませんか。
〔職場の雰囲気に関するチェックポイント〕
☐いつもイライラしているスタッフはいませんか
☐「イライラするのは悪いことだ」という指導をしていませんか
☐スタッフたちのイライラの原因を分析していますか
日経メディカルオンライン掲載記事はこちら
研修メニューはこちら