改善事例

2022.04.12

覆面調査ルポ 新人さんに「当たり前のこと」を教えるコツ

Case52 新人スタッフを多く採用した整形外科診療所

 今回、覆面調査に伺ったのは、田園風景が広がる郊外に立地している比較的大規模の整形外科クリニックです。

 1年ほど前、このクリニックの院長から、受付スタッフをどう育成したらよいか悩んでいるとの相談がありました。院長の話によると、専門学校を卒業した新卒スタッフを3人、一度に採用したのですが、コロナ禍で満足な研修を受けさせることができなかったこともあり、社会人としての心構えが全く育っていないとのことでした。患者対応のレベルも低いようで苦情も相次いでいたようです。

 「今の若い子はこんなものなのでしょうか」と言いつつも、苦情の内容や他のスタッフからの報告からは院長の想定を超えるような振る舞いもあったようです。具体的には、朝、挨拶をしない、常に不機嫌で話しかけづらい、業務開始時刻ギリギリに出勤して周りのスタッフのひんしゅくを買う、掃除をしない、休憩時間は3人で固まり他のスタッフと全くコミュニケーションを取らず、スマホを見ているか大声で笑っている、ドアの開け閉めが乱暴、勤務時間中も姿勢が悪く、ダラダラとしている、返事がない、ミスをしても謝らない……などなど、挙げればきりがないほどです。

 しかし、このような状態でも、院長も事務主任も注意ができないまま日々が過ぎていたそうです。なぜなら、「社会人に対して、こんな当たり前なことを注意する必要があるのか」「当然、頭では分かっているのにこんな振る舞いなのだから、注意するのは逆効果なのではないか」と戸惑っていたからです。

 そこで、まずこのスタッフがどのような対応をしているのか、覆面調査で客観的に評価した上で、患者接遇の基本と社会人の一般常識としてのビジネスマナーを伝えることになりました。院長や事務主任の価値観を若者に押し付けるような印象を和らげ、上司や組織への反発を減らす目的もありました。


並んでいる患者には目もくれず…

 

 覆面調査員A子は早速、この整形外科クリニックに足を運びました。予約制だったので指定された時刻に伺いましたが、指定された時刻に入っても、受付には誰もいない状態でした。

 しばらくして奥から2人出てきて「あっ」と言って対応してもらいましたが、あいさつやおわびの言葉はありませんでした。その後も、受付に誰もいない状態になることがよくあり、不審者が入ってきても気づかないであろう状態に不安を覚えました。

 受付には計4人いましたが、1人を除く3人が常に真顔で、冷たい印象を受けました。全員、前髪が長く、ピンなどで留めていないため、時折、手で前髪を払ったり、顔に掛かった前髪越しに会話をすることがありました。制服の乱れはありませんが、名札をしていないスタッフ(カーディガンの下にも)が数人いて、統一感が見られませんでした。スタッフの1人は爪が長く、マニキュアが2カ所ほど剥がれてしまっており、だらしないように感じました。ドクターや看護師の方々はマスクをしていても、明るい印象が伝わってきました。

 受付スタッフは、電話や患者との会話の中でも所々返事がなかったり、「うん、うん」と相づちを打っている場面がありました。相づちは「はい」とする方がよいでしょう。

 また、再診の予約方法について、患者にとても早口で一方的に話していました。患者が理解しているのかしていないのか、まるで関心がないようで、話している間、話し終わった後にも、アイコンタクトはありませんでした。時折、受付スタッフ同士が、コソコソ、ヒソヒソと話していることがあり、患者の噂話をしているのではないか、少し不安になりました。

 受付でA子がスタッフに対応してもらっているときに、その後ろに患者の列ができました。にもかかわらず、余裕のあるスタッフが率先して対応するのではなく、しばらくした後に、私を応対していたスタッフが焦りながら「こちらの患者さん、お願いします」と他の受付スタッフに小声で依頼していました。
 
 受付は分業体制を敷いているのかもしれません。でも患者の立場で見ていると、受付スタッフが4人もいるのになぜすぐに応対してくれないのかと不快に思います。1人のスタッフだけが忙しくバタバタしている横で、他の3人は患者に目もくれず、淡々とパソコン作業をしている姿は大変、違和感がありました。

 

今回の診療所のスコア

100点中30点でした。


「社会人の8つの意識」を教える

 

 これらの覆面調査結果を院長に報告すると、「うーん。やっぱり、このままだとよくないなぁ。でも、どうやって言えばいいんだろう。挨拶とか返事とか、普通、教えられなくても気づいてやれることばっかりだよね」と落胆した表情になりました。最近はこの受付スタッフ3人と他のスタッフとの溝が深まるばかりで、業務中の必要な引き継ぎもできず、業務に支障を来してきているようです。

 そこで、このクリニックでは年間を通じて人材育成のプランを作り、3回の職種別研修、3回の階層別研修、3回の全員向けマナー・コミュニケーション研修を定期的に行うことになりました。課題の多い受付スタッフに対しては、一般企業の新入社員研修で扱うことの多いビジネスマナーの分野である「社会人としての心構え」について、繰り返し伝えることにしました。

 「社会人としての心構え」について、私たちがいつも伝えているのが「社会人の8つの意識」です。社会人歴が長い人から見たら当たり前だと思える意識ですが、新卒で働き始めたばかりの人はこうした内容を教えられないと、意外に分からないものです。ただ、概念的なものを押しつけても心には響きません。日ごろの仕事につながるよう具体例を出しながら、伝えることが重要です。

 以下に8つの意識と具体例を示します。

 

(1)当事者意識
自分の仕事と成果に責任を持ち、自分事としてとらえること

→受付スタッフは金銭の授受、予約受付などを、自分自身が責任を持って実施する必要があります。もし自分がミスをしてしまうと、患者に直接、迷惑をかけることにつながります。

 

(2)顧客意識
相手の抱える不安や問題を解決するために、顧客視点を持つこと

→医療機関の場合は「患者視点」と言い換えてもいいでしょう。例えば患者から電話でクリニックへのアクセスについて質問されたとします。これに「駅からの公共交通機関は不便です」と伝えるだけでは、患者の立場を踏まえた情報提供ではありません。公共交通機関が不便であるのなら、どのようにすればスムーズに来ることができるのかを考えて、最善の方法を提案することが顧客視点であり、患者の不安を解消できることなのです。

 

(3)目的意識
「何のために、どこに向かっているのか」という視点を持つこと

→例えば、初診の予約の電話を受けたとき、何を目指してどのような振る舞いをすべきなのか考えたことはあるでしょうか。初診の電話はクリニックの第一印象を決める場面です。それが今後も安心して通っていただけるかどうかを左右する大切な一期一会の機会であるという視点を持って、どう対応するか考えたいところです。

 

(4)コンプライアンス
社会のルールを守り、顧客の要求や期待に応えること

→医療機関のスタッフは、患者の診察に関する情報など、高度な個人情報を扱っています。それを自覚し、患者情報をSNSにアップしたり、スタッフ間で患者の噂話を外で堂々としたり、LINEなどでやり取りしないこともコンプライアンスの一つです。

 

(5)協同意識
周囲の人と連携、協力して仕事に取り組み、成果を上げること

→クリニックでは、多くの人が1人の患者の治療に関わり、患者の不安や症状を和らげる場所です。1人で完結する仕事は1つもありません。受付スタッフだけの力ではこの仕事は成り立たないことを意識して、チームの一員としてどう仕事に向き合うべきかを考えましょう。

 

(6)改善意識
仕事を今よりもさらに良くしていくための思考や視点を持つこと

→仕事を漫然としていても退屈なものです。もっと患者に安心してもらえるように、もっと業務が効率的になるように改善する意識を持つようにすると、仕事の見え方が変わります。例えば、今回の覆面調査ではトイレに関する表示について課題が見られました(表1参照)。こういった課題を改善し、解決していくことが自己効力感とやりがいにつながります。

 

(7)時間意識
時間や納期に対しての意識を常に持ち続けること

→待ち時間については、医療機関の常識と患者の常識が違うことが少なくありません(過去のコラム:待ち時間の苦情に“正論”で返してしまうと…)。例えば、患者さんが予約した場合、患者さんの意識としては予約時間に診療を受けられるのが常識ですが、医療機関としては医師の診療時間が予測しにくいものである以上、待ち時間があるのが当たり前になっているところがあります。この時間意識のギャップに気づき、患者に対応することが求められます。

 

(8)コスト意識
全てのモノ・コトには費用がかかっているという事実を忘れないこと

→医療機関で受付スタッフが普段使用しているペン、メモ用紙、消毒薬にも費用がかかっています。医師やスタッフが、協力して患者に治療を行ったり、安心を与えたりすることによって、患者は医療費を支払います。それがクリニックの収入であり、スタッフみんなの努力の結晶を元手に備品を購入していることを理解することです。

 このように、一見「当たり前」と思えることでも、それを具体的な行動に結びつけられていないことが新人スタッフには多くあります。このクリニックでは、新人の3人を含む若手スタッフに対して、こういった社会人としての心構えとマナーについて、1回2時間×3回の研修を行いました。


3人の微妙なバランスが崩れたことをきっかけに

 

 当初は、研修中の態度も芳しくありませんでした。反抗期の学生のように、意見を聞いても口数が少なく、積極性はほとんど見受けられませんでした。また別の職種向けのスタッフ研修で、このクリニックに行ったとき、休憩時間にこちらからあいさつをしても、受付スタッフの3人はアイコンタクトもなく、小さくうなずくだけでスマホを見るばかりでした。

 しかし、年末に3人のうちの1人が家庭の事情で退職した途端、残った2人の受付スタッフは変貌を遂げることができました。これまでの3人の微妙なバランスが崩れたことがきっかけで、社会人としてのあるべき姿を理解し、行動することができるようになったのです。

 彼女たちは、研修に継続的に参加するにつれ、だんだん自分たちの振舞が社会人としてふさわしくないこと、クリニックの中で浮いていることに気づき、自分自身が変わらないと、クリニックでの仕事がやりにくいということに気づいたのです。4回目の研修最終日には、たくさんの笑顔と「私、まじめにがんばります」「一緒に仕事をしたいと思われる人になりたいです」という言葉のプレゼントをいただくことができて、私は本当にうれしかったです。

 「人は変わらない」とあきらめる人も多いと思いますが、今回のように継続して教育を続けた結果、大きく成長した姿に出会えると、この仕事をやっていてよかった、人はやっぱり無限の可能性があり、成長することができると感じられました。

 

〔今回のチェックポイント〕
☐言わなくても分かるだろうと思っていませんか
☐伝わらないからといってあきらめていませんか
☐当たり前のことを具体的な例に落とし込んで教えていますか

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