改善事例

2021.12.13

覆面調査ルポ コロナ疲れでスタッフが暗い…打開する方法は?

Case45 スタッフに覇気がない内科診療所

 今回はある地方都市の内科クリニックの事例です。

 50歳代前半の院長から、「スタッフが最近、非常に暗い雰囲気になっており、ミーティングでも覇気が感じられない」という相談を受けました。職員ミーティングでは院長だけが発言をして、スタッフは一言も話してくれず、お通夜のような雰囲気になってしまうようです。同院は、短い時間ながらも発熱外来を開設していて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の疑い患者も診療しています。「職員が“コロナ疲れ”をしてしまったのかもしれないが、一般の患者さんへの対応にも影響するのは避けたい」と院長は話していました。

 筆者の経験上、このようなクリニックでも、実は患者への基本的な対応はきちんとしていることが多いものです。ただ、院長は「患者にどう見られているのか」を非常に心配していたため、覆面調査を行うことになりました。


一見、問題なく見える対応も…
 
 早速、覆面調査員A子がそのクリニックを受診しました。

 結論から言えば、受付から診察、会計までの一連の流れについて、特に大きな問題となる対応はなく、しっかり業務をこなしていると感じました。ただし、これはあくまで基本的な部分の話です。よく見ると、実際の患者から「冷たい」と思われかねないスタッフの対応は随所に見られました。

 例えばA子は最初、初診受付で順番を待っていたのですが、受付スタッフの誰からも挨拶が全くありませんでした。診察室や採血室でもスタッフは目をきちんと合わさず、笑顔もほとんどなかったそうです。淡々とした対応であったため、親しみやすさは感じられず、いずれの患者さんに対しても事務的な対応で接していると感じました。

 受付のスタッフは皆、パソコンの操作やカルテの整理などに集中していて、「患者に見られている意識」があまりない印象でした。言葉遣いに関しても、丁寧にハキハキ対応していましたが、いずれのスタッフも話し相手の目を見ることなく、必要事項をやや早口で説明しており、一方的に話しかけている印象を受けました。

 説明が終わると、簡単に挨拶をしながらすぐに立ち去るスタッフの姿も何人か見られました。検査を受ける人に対して、待機場所や部屋の移動、医療用語などをスタッフが説明するのですが、大抵の患者さんは一度で全ての情報を理解できないものです。説明の合間に患者さんの目を見て、理解度を確認しながら話す方がよいと感じました。別室に誘導される際も同様に、スタッフの説明がどんどん先に進んでしまい、A子は取り残された気分になったそうです。受け付けの後、A子は複数の職員に誘導してもらったのですが、まるでベルトコンベヤーに乗せられて運ばれていくようなイメージだったといいます。

 
今回の診療所のスコア


100点中40点でした。


業務最優先だと患者は不信感を抱く可能性も
 
 以上のように、この内科クリニックの職員は基本的には問題なく業務を進めているのですが、患者から「配慮に欠ける」「不親切だ」と思われかねないような対応をしているようです。

 医療機関に喜んで受診する人はいません。患者は何らかの不調や不安を抱えながら医療機関に来ますので、人によっては「自分はつらい思いをしているのに、何でこんなひどい対応を受けるのか」と不快に思うことがあるのです。

 特に今は、COVID-19の影響により、職員、患者の双方にストレスが発生しています。医療現場の多くの職員は、厳重な感染対策を行うための業務が増えているでしょう。患者数の割に忙しく余裕がないことによって、「業務をこなすこと」を最優先にし、患者対応を「最低限これでいいや」というレベルにとどめがちです。こうした状況は決して珍しいことではなく、ある程度は仕方のない面があるのですが、患者が職員の態度に不信感を抱き、無用なトラブルに発展する可能性も高まってしまうのです。

 ただ、現在のコロナ禍においては、こういった対応について一つひとつ指摘しても、職員に前向きに捉えてもらうのがなかなか困難です。そこで、今回は院長と相談をして、細かいフィードバック研修を行うことを控え、院長にのみ覆面調査の結果を報告しました。そして、医療機関の組織マネジメントにおいて、今後必ず重要になる「幸福学」をテーマにお話しさせていただきました。


スタッフの幸福感を高めるには
 
 幸福学というのは、人がどのような状態であれば幸せと感じられるのかを研究する学問です。日本では慶應義塾大学の前野隆司教授が第一人者と言われています。

 昨今の日本の経営トップは「幸せ」「幸福」という言葉をよく使うようになっています。例えば、トヨタ自動車社長の豊田章男氏は、トヨタの使命は「幸せを量産すること」と、京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者の稲盛和夫氏は、「全社員の物心両面の幸福を追求すること」を経営理念に置いています。つまり、従業員と顧客の幸福を追求することこそが経営だというのです。

 これには理由があります。幸福感とパフォーマンスの関係の研究によると、幸福感の高い社員の創造性は3倍、生産性は31%、売り上げは37%高い(Lyubomirsky, King, Diener. Psychol Bull.2005;131:803-55.)ことが明らかになりました。また、幸福度が高い従業員は欠勤率が低く、離職率が低いという調査結果も出ているのです(『ハーバードビジネスレビュー』2012年5月号「幸福の戦略」P62~63より)。

 このように、スタッフの幸福感を高めることが特にウィズコロナの時代の医療機関のトップが意識すべきポイントだといえます。身体面だけでなく、心にも気を配るべきであるということです。

 前出の前野隆司教授は幸福感をもたらす因子として4つを挙げています(図2)。

図2 幸福感をもたらす4つの因子(提供:慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科・前野隆司教授)

 
 人に幸福感を与えるためには、まずは自分が幸福であることが大切です。そこで、覆面調査のフィードバックの場では、まず院長自身が「自己実現と成長の因子:やってみよう」「前向きと楽観の因子:なんとかなる」「独立と自分らしさの因子:ありのままに」の3つの因子を意識することを提案しました。

 つまり、院長がクリニック経営において明確な目標を持つこと(やってみよう因子)、このCOVID-19の流行下でも前向きに取り組んでいること(なんとかなる因子)、院長が自然体に診療したりスタッフに接すること(ありのままで因子)が、院長だけでなくスタッフの幸福感につながるのです。

 また4番目の因子として、院内の人間関係を良好に保つためにも、感謝や許容、信頼のメッセージ(つながりと感謝の因子:ありがとう)を院長が積極的に伝えていくべきことをアドバイスしました。コロナ禍でも毎日、出勤し、ミスなく患者対応をしているスタッフに対して、感謝の気持ちを言葉にして伝えることは、疲弊したスタッフに元気の水を注ぐことになります。その結果、スタッフの気持ちにゆとりが生まれれば、生産性が向上し、患者対応も穏やかなものになっていくでしょう。もちろん、院長も大変な状況だとは思いますが、組織マネジメントが成功し、院内の人間関係も良いものになれば、院長も幸せな気持ちになれるはずです。

 その後、院長は改めて、スタッフ一人ひとりに毎日一言、ねぎらいの言葉をかけるようにしたそうです。また、ミーティングの場でも努めて前向きに今後の経営について語ることにしました。その結果、「最近は朝礼などの場でもスタッフに笑顔が戻ってきて、日々の業務にも活気が出てきました」と先日教えていただき、私もうれしい気持ちになりました。

 
〔院長の対応のチェックポイント〕
☐スタッフの気持ちをおもんぱかっていますか
☐スタッフに感謝やねぎらいの言葉をかけていますか
☐自分自身の心に気を付けていますか
 
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