覆面調査ルポ

2021.04.05

覆面調査ルポ ブランク10年の看護師の一言に青ざめた患者

Case21 子育て中の職員の採用に熱心な内科診療所

 今回は、内科診療所の40歳代後半の女性院長からご依頼をいただきました。「患者さん、働くママに優しいクリニックを作りたい」と半年前に開業したばかりで、患者から自分のクリニックがどう見られているかを知りたいというご相談でした。

 女性院長自身も二人の男の子のママであり、医療機関で働きながら子育てをすることがいかに大変であるかを十分経験していたので、自身のクリニックでは子育て中の職員が時間に制限があってもキャリアを中断せず、働き続けられるようにしたいとの思いが強くありました。

 開業したばかりで新しく、先生の人柄も好印象だったので、覆面調査員A子は期待してクリニックを訪れました。


看護師の発言に不安に陥る
 
 クリニックの外観は白を基調にしたスタイリッシュな雰囲気で、効果的にグリーン(植栽)が配置されており、洗練された雰囲気と温かみが感じられました。美容院かと見間違えるほど、素敵な外観でした。

 ドアから中に入ると、受付の女性が出迎えてくれました。マスクをしていましたが、声のトーンや目の表情で優しさが表現されていました。メイクは濃すぎず好印象で、長い髪は一つにきちんとまとまっており、清潔な印象です。

 声が少し小さくて聞き取れないことが何度かありました。多くの患者は聞こえないところを繰り返し尋ねることはせず、適当に返事をしてしまうと思います。A子もそうしてしまったそうです。大切な事柄の伝達漏れが生じる恐れもあるので、声はもう少し大きい方がよいと感じました。

 診察室に入ると、院長が上着や手荷物を置くかごがあることを教えてくださり、心遣いを感じました。また、マスクを外して自己紹介をしてくださり、好感が持てました。ただし、40歳代と思われる看護師も「こんにちは」と言ってくださったのですが、全く目が合いませんでした。もう一人の、猫背で伏し目がちな30歳代後半の看護師(以下看護師B)の方は、自信がなさそうに見えたのが気になりました。

 さらに看護師Bが別の患者に注射を打とうとした時、とても心配になる場面に遭遇しました。何気なく見ていると「注射、こんな感じだったかな」とぼそっとつぶやいていて、大変驚きました。それが聞こえたようで、患者の顔が青ざめました。しかしながら、看護師Aはそれに気づくこともなく、終始、不安げな様子のまま処置をしていました。

 そのほか、受付では保険証を返却されたとき、ずっと下を見たままで顔を上げてくださらない職員がいましたが、しっかりアイコンタクトを取るようにすると、相手に信頼感を感じさせます。金銭授受の際もお金だけを見ていてアイコンタクトがありませんでしたが、相手の目→お金→相手の目の順で目を配ると、相手の目を見つつおつりの確認もできて金銭授受のミスも減ります。

 なお、診察予約の段階では、日にちがほぼ埋まっていて「その日もダメ、その日もダメ」と言われて何度も電話をかけ直さなくてはなりませんでした。なかなか予約が取れないと「別のクリニックでいいかな……」と感じる人もいるかもしれません。そうした場合には、予約が決まったら「お手数をおかけいたしました。申し訳ございません」などと一言付け加えられると、マイナスの印象がプラスに転じます。
 

今回の診療所のスコア

100点中55点でした。


「こんな感じだったかな」発言の背景には
 
 覆面調査の結果を院長に早速報告したところ、院長は特に看護師Bの注射の際の発言に非常に驚いた様子でした。看護師Bは3人の子育てのために10年間ブランクがあり、2週間前に採用したばかりとのことでした。

 実は看護師Bは注射も10年以上したことがなく、覆面調査の日が復帰以来初めてだったとのことです。また本人は、「最新設備の新規開業の内科では熟知した機器もなく毎日不安でたまらない」と、院長に相談していたそうです。

 看護師は5年くらい業務を離れると知識と技術がかなり落ちると言われています。ですから、長いブランクがある看護師を雇用する際は、スキルの見極めなどに注意が必要です。

 医療技術の発達はまさに日進月歩。治療に使用する機器はどんどん新しくなりますし、治療法も変化します。せっかく復職してもスキルが伴わなければ医療安全上問題がありますし、本人が職場になじめず退職してしまうことも多いものです。

 採用時には、これまでの勤務年数や勤務先だけでなくどんな業務をどの程度行えるのか、具体的に確認することが不可欠です。ただ、それでも採用してみたら心もとない部分があったというケースもあります。そうした場合に問題を解決するには、自信をつけるためにも復帰に向けた研修を受講してもらうとよいでしょう。日本看護協会などが再就職支援のための研修を実施しています。

 また、クリニック内でも教育のためにメンター制度を導入すると効果的です。メンター制度は、知識と職業経験を有した先輩職員(メンター)が、後輩職員(メンティ)に対して行う個別支援活動です。キャリア形成上の課題解決を援助して個人の成長を支えるとともに、職場内での悩みや問題の解決をサポートする役割を果たします。子育て前にはしっかり仕事ができていたメンティであれば、仕事のコツはつかんでいるので、頑張り次第で短期間でブランクを埋め、スキルを伸ばすことができます。労働人口が減少していることは間違いないですし、ブランクのある看護師さんに活躍の場を提供することは、優秀な人材を確保したい医療機関にとっては経営上、重要な戦略です。

 このクリニックでは、早速メンター制度を導入し、先輩看護師をメンターとして任命しました。看護師Bよりは年下ですが、子育てで1年半程度休暇を取った経験があり、看護師Bの気持ちに寄り添うことができると判断したためです。

 1週間に1回、不明事項を確認する時間を30分程度取り、確認とフォローアップをしました。看護師Bは素直な性格でモチベーションも高いので、年下の先輩看護師から新たな知識を吸収し、勘を取り戻すことができました。

 このため看護師Bは少しずつ自信を取り戻し、患者を不安にさせるような発言はなくなったとのことです。

 
ブランクのある看護師を採用する際の注意点
☐一から勉強し直す気概があるかどうか
☐過去にとらわれず、素直な気持ちで取り組むことができるか
☐年齢に関係なく、周りとよいコミュニケーションを取ることができるか
☐子育ても大切だが、仕事も同程度、大切だと考えているか
 
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