改善事例

2021.07.19

覆面調査ルポ オフィス街の医院で苦情が集中した勤務医の特徴

Case35 特定の勤務医への苦情が多く集まる診療所

 今回、覆面調査を行ったのは複数の診療科を有する大規模クリニックです。この診療所はオフィス街にあるため、患者の高齢者比率は低く、忙しい現役世代の人が多いのが特徴です。

 この診療所では最近、ある特定の医師への苦情が多く集まっていました。なぜこの医師にだけ苦情が集まっているのか客観的に判断したいという理由で、覆面調査の依頼を受けました。

 医師に対する患者からの具体的な苦情内容としては、「態度が横柄だ」「説明が一方的で、事務的だ」「予約しているのに、長く待たせていることに配慮が足りない」など、態度や接遇面に対する不満の声が多いとのことでした。

 これは一般論ですが、高齢の患者に比べて現役世代の患者は、医療機関の医師やスタッフに求める接遇・マナーの水準が高いことが知られています。彼らはビジネスマナーの基本を知っており、取引先や顧客と接する際にそれを守るのは当然だと考えているからです。

 確かにビジネスの世界において、業務の発注元の社員の態度が横柄で、不機嫌な感じで業務内容の指示をしてきたら不快に思い、付き合いの頻度を減らしたいと考えるでしょう。自動車の営業担当者が顧客の意見を聞かずに、一方的に自社の車の説明をしてきたら、その人から買おうとは思いません。レストランを予約したにもかかわらず、1時間以上待って、店員からひと言も声を掛けられなければ、怒って別の店に行ってしまうことでしょう。ビジネスパーソンの患者が多い医療機関はなおさら、ビジネスマナーに無頓着であってはならないのです。


「悪い結果を告げられるのでは…」と不安になる話し方
 
 今回のケースでは、医師のどういった態度に苦情が集まっているのでしょうか。具体的に調べるため、覆面調査員A子がこのクリニックに調査に出かけました。

 A子が診察室に入ると、この医師は全くの無表情でA子の方をジロリと見ました。非常に怖い印象だったそうです。診察中にA子が色々と話しかけると、時折笑顔を見せたため、徐々に話しやすくなり、質問することもできたそうです。

 第一印象で医師に威圧感があると、患者は相談したくても怒られる気がして口をつぐんでしまうものです。患者から様々な症状や生活背景を円滑に聞き出すためには、柔らかな表情やアイコンタクト、相づちなどで、話しやすい雰囲気を出すことが重要になります。後から話してみると、この医師は全く威圧的な方ではありませんでした。第一印象で誤解をされやすいため、非常にもったいないです。

 またこの担当医は、検査結果を説明する際に、ある癖がありました。一つひとつの項目を説明しながら、「この数値は問題ないんですが……」「これも大丈夫なんですが……」という言い回しをするのです。A子は「何かしらの項目で異常値が出ているのではないか」と不安になりながら説明を受けたそうですが、結果的に検査値に問題はありませんでした。

 「結論を先に言う」「ポイントから先に言う」というのは、どの業界でも重視され、トレーニングされていることと思います。回りくどい説明をすると、患者のイライラの原因になることもあります。今回、検査結果に問題がないのであれば、説明時に「検査値に関しては今のところ、治療が必要なレベルではありません。ただし、○○と△△は××なので、継続的に注意が必要です」と結論を最初に伝えた方が、患者を無駄に不安な気持ちにさせないと思われます。

 診療は全体的にスピーディーに行われたのですが、初診受付から診察室に入るまで45分程度かかりました。診察室に入る際、担当医師から特に何も挨拶はなく、せめて「お待たせしました」という一言が欲しいとA子は感じました。

 診察が終わって診察室を出る際に、A子は「ありがとうございました」と声を掛けました。担当医は作業をしながら、下を向いて「はい」と応じたようです。返事がないよりはましですが、相手の顔を見て、いったん手を止めて返事をすると、より印象が良くなったと思われます。

 このように、今回の医師の対応は改善の余地がありましたが、致命的な問題があるわけではありません。医師の威圧感に関しても、「患者に指導を守ってもらうためには多少は必要ではないか」と考える方も多いのではないでしょうか。この部分について、もう少し掘り下げて考えてみましょう。

 
今回の診療所のスコア


100点中38点でした。


 
 そもそも医師と患者の関係はどのような形が望ましいのでしょう。経営学者の吉原敬典氏によれば、医師と患者の関係は以下の4つに区分されます(表1)。

表1 医師と患者の4つの関係性

1. 医師が医療技術などを提供し、患者はそれを受けるという機能的な関係
2. 医師が主人で、患者は従者であるとした固定的な主従関係
3. 医師が説明した上で、患者自らが治療方法などを決定するよう促す関係
4. 医師と患者が双方ともに自律した存在として、互いに働きかけ合う相互補完の関係(パートナー関係)
(出典:吉原敬典 著『医療経営におけるホスピタリティ価値』[白桃書房、2016])
 
この4つの関係について、医師を対象に患者との望ましい関係についてアンケートをしたところ、以下の通りだったそうです(表2)。

表2 医師が考える「望ましい医師患者関係」(出典:『医療経営におけるホスピタリティ価値』)


 今の時代、「2. 医師が主人で、患者は従者という固定的な主従関係」を望ましいと考える医師は3.0%と少数派です。一方で、「1. 医師が医療技術などを提供し、患者はそれを受けるという機能的な関係」が望ましいと考える医師が20%ほどいる点が注目されます。

 後で聞いたところ、今回の調査対象となった医師も「1. 機能的な関係」が望ましいと考えていたようです。これが「説明が一方的で、事務的だ」という苦情につながったのではないかと思われます。

 表1の1、2のような関係である場合、両者の共通目的である病気の治癒について相互参加できないことを意味します。医師が医療技術を「機械的に」「一方的に」患者に提供するだけとなり、患者の望みや、患者の不安の解消が考慮されないことになりかねません。

 もちろん主体性がなく、「先生にお任せします」というタイプの患者であれば、こうした一方的な医療提供であっても特に問題が起きることはないかもしれません。いわゆる“戦前世代”の高齢者は「医師にお任せタイプ」が多かったといわれています。

 ところがビジネスの最前線で活躍するような人は、自分の体に何が起こっていて、今、どのような状態であり、何を行うべきなのかを明確に知り、自らが判断したい、と望んでいる人が多い傾向にあります。同時に、こうした患者はこれまでの経過や症状について医師に率直に伝え、さらに今後の人生においてどのような価値を大切にしているかを説明することにより、「治療方法に選択肢があるのであれば自らが選びたい」と考えるケースが多く見られます。こうした考え方は、現在ビジネスの場にいる人だけでなく、かつてビジネスパーソンとして社会に出ていた「団塊の世代」以降で多い傾向にあるといえるでしょう。


医師と患者の関係性に転機
 
 このような患者が、「機能的関係」や「主従関係」を望ましいと考える医師の対応を横柄に感じたり、自分を軽んじているのではないかと感じてしまうのは無理がないのかもしれません。医師には患者を自律した存在として認め、信頼関係を構築するようなアプローチが求められ、そのためには信頼や安心を感じさせる表情、態度、言葉遣いを意識することが必要不可欠だといえます。

 今回の覆面調査を実施した医療機関において、表2の1の関係を望ましいと考えていたのは、当該の医師だけで、その他の医師は3または4の関係が望ましいと考えていたことが、その後に行ったアンケートから判明しました。このことは、同医師に対する患者からの苦情が目立ったことと無関係ではないでしょう。

 インフォームド・コンセントの重要性が指摘されるようになって久しくなり、医師と患者との関係性も変化してきました。患者からどのような関係を求められているのか関心を向け、治療の成果がより上がるようにアプローチすることが求められていると言えそうです。

 
〔今回のチェックポイント〕
☐患者が伝えたいことを伝えられるような態度を意識して、診察を行っていますか。
☐患者が医師とどういう関係を構築していきたいか、観察していますか。
☐信頼関係を築けるような表情、立ち居振る舞い、言葉遣いを常に意識していますか。
 
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