改善事例

2021.07.12

覆面調査ルポ 「言い返されるから注意できない」という悪循環

Case34 受付終了5分前に診察終了を宣言する内科診療所

 今回は、某都市の住宅地にある内科クリニックの事例を紹介します。ある職員(スタッフZ)の態度が悪く、患者からの評判が芳しくないどころか、同僚からも苦情が相次いでいるということで、困り切った様子の院長から依頼を受けました。

 看護主任からの報告によれば、スタッフZは「患者さんに対して事務的で冷たい」「同僚ともコミュニケーションを取りたがらない」「先輩が注意をすると、言い返してくる」「髪がべたついていて、不潔に見える」などの問題があるとのことでした。看護主任がこうした点を注意してもスタッフZがすぐに感情的になって言い返してくるため、最近は、注意することに尻込みするようになってしまったようです。

 院長としても「自分がきちんと注意すべきだとは思うが、身だしなみのことは、異性ということもあって注意の仕方が分からない」「患者対応や同僚とのコミュニケーションについては、診察室からは見えない」などの理由で、注意のきっかけがつかめないとのこと。患者目線での客観的な情報を得る目的で、覆面調査を希望されました。


患者に対して「菌もあるので」と発言
 
 早速、覆面調査員A子がクリニックを訪れると、玄関に「本日の診察は終了しました」とのプレートがかかっていました。今回は閉院直前の対応もチェックするためにあえて遅めに行ったのですが、外の看板に書いてある「診察終了時間」まではまだ20分もあります。受付終了と書かれた時間までもあと5分あるのに、こうしたプレートが出ていたため、A子は非常に驚いたそうです。

 くじけずにA子が院内に入ると、受付にいたスタッフZが困惑した顔でA子の方を向きました。A子が「もう、診察は受けられませんか?」と聞くと、スタッフZは「もう受付終わりましたけど……」と答えました。A子が「受付終了時間までにはまだ少し時間があると思いますが」と尋ねたところ、スタッフZが冷たい声で「じゃあいいですよ」と言ったので、A子は何か自分が悪いことをしたような嫌な気持ちになったようです。

 A子が受付で診察を待っていると、明らかに体調の悪そうな若い男性に対して、スタッフZが声をかけに行きました。「入口でマスク買ってもらっていいですか?」と少々強い口調で尋ねた後、「お熱は無いんですよね?」と確認していました。患者が「無いと思います」と伝えると、「え? 『無いと思います』? じゃあ、お熱測ってもらっていいですか」と、これもまた少々強い口調で指示していました。

 しばらく、その男性が待合で座って熱を測っていたら、スタッフZが「辛いですか? 辛いならベッドにご案内したいので無理なさらないでくださいね」と声を掛けていました。そこまではよかったのですが、男性が「大丈夫です」と言うと、スタッフZは「いえ、皆さんとここで一緒だと、菌もあるので」と言いました。患者に対する話し方としては不適切だとA子は感じました。

 受付にいた他の職員も「さっきの車椅子で来た90歳の人」「あー、○○さん?」「インフルかもしれないって」などと、待合にいるA子にも聞こえる声の大きさで個人名を出しており、患者に対する配慮が見られませんでした。

 
今回の診療所のスコア


100点中38点でした。


 覆面調査員からの報告を聞いて、早速、私は院長にフィードバックを行いました。すると院長は、「えっ、閉院の15分前(受付終了時間)までは開けるようにお願いしていたのですが、もう終了の看板を出していたのですか!?」「体調の悪い患者さんに対して、『菌もあるので』みたいなひどい対応をしているとは、正直とてもショックです。こんな職員にはすぐに辞めてもらいたい!」と、大層ご立腹になりました。

 慌てて、私は院長に「今回の調査結果だけで、Zさんを一方的に解雇するのは労働基準法上、難しいです」とお伝えしました。また、こういった覆面調査のフィードバックは慎重に進めないと、かえって職員のモチベーションを低下させることにもつながるため、研修を開催して効果的にフィードバックする重要性を併せて伝えました。そこで後日、職員向けの研修を実施することが決まりました。


研修の10日ほど前に事件が発生
 
 ところが研修実施の1週間前の水曜日、私から院長に研修の準備について相談するために電話すると、院長がとても困った様子で、お話を始めました。

 というのも、その前週末の金曜日、看護主任がスタッフZに軽く注意したところ、スタッフZが怒りを爆発させ、感情的に言い返した場面があったようです。看護主任はひどく落ち込んでおり、院長に対して「スタッフZがこのまま診療所にいるのであれば、自分は退職したい」とこぼしたとのことでした。

 困った院長は、翌月曜日の診療終了後にスタッフZを呼び出し、自ら注意をしました。ところが、スタッフZは院長に対しても感情的に言い返し、診療所経営や院長個人への批判も口にしたのです。院長はついカッとなってしまい、「30日分の解雇予告手当はきちんと支払うので、あなたを即刻解雇します」と言ってしまったそうです。

 その翌日、火曜日の診療終了後に診療所に押しかけてきたのは、スタッフZの両親でした。両親は「解雇理由証明書」を書くようにと院長に迫ってきたそうです。「書いてもらうまで絶対に帰らない」という両親ら強力な圧力に押された院長は、その場で適当な内容を書いてしまったようです。


解雇は慎重にすべき理由
 
 さて、ここで出てきた「解雇理由証明書」とは何でしょうか。労働基準法第22条2項には、「労働者が、第20条1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない」とあります。従業員を解雇する際、経営者は従業員からの求めに応じて、解雇予告を行った日付や解雇理由などを書面で交付する義務があるのです
 
※「解雇理由証明書」は解雇予告をした日から退職までの間に交付する文書です。退職後も元従業者の求めに応じて同じような文書(退職証明書)を交付することが労働基準法第22条1項で定められています。
 
 解雇理由証明書には、なぜ解雇に至ったのかという理由を事実関係とともに、それが就業規則上どの根拠に違反したのかという対応関係も含めて明記する必要があります。もちろん、「解雇された理由を知りたい」という単純な理由で従業員が解雇理由証明書を求めることもありますが、場合によっては、解雇無効を求める訴訟や法人側との示談の材料にするためにこの証明書を求めてくることもあるのです。その際、解雇理由証明書に書かれた解雇理由が不十分だったり、就業規則との対応関係が不明確だったりすると、不当に解雇したことの裏付けになってしまうこともあるので、記載には細心の注意を払わなくてはなりません。

 私は院長に「これまでスタッフZに『誰が』『どのように』『何回』注意してきたか分かりますか? 加えて、注意した内容に関する具体的な記録や証言はありますか?」と聞きました。院長が看護主任に問い合わせたところ、実際にスタッフZにきちんと注意したのは1、2回だったそうです。後は、ちょっと小言を言っただけで感情的に言い返されるため、改善すべきポイントを明確に伝えられていなかったとのことでした。他には、「身だしなみに注意しましょう」とか「患者さんには丁寧に応対しましょう」といった形で、スタッフ全員に向けて話しただけだったそうです。

 同院の就業規則の服務規律には解雇事由として、「勤務態度が著しく悪く、向上の見込みがないと認めたとき」などの文言が盛り込まれていましたが、現状では「勤務態度が悪い」ことも「向上の見込みがない」ことも証明できません。もし裁判になった場合、解雇が無効になってしまう可能性があることを院長に伝え、労働問題に強い弁護士に相談することをお勧めしました。

 経営者は正当な理由があると思って解雇したつもりでも、従業員側が解雇無効を主張して裁判で争った結果、解雇無効という判断が出たり、和解をしたとしても1年分以上の給与を職員に支払わなくてはいけなかった事例が存在します。結局、院長は弁護士と相談して、解雇は撤回することにしました。解雇撤回をスタッフZは受け入れ、一度は復職したものの、約1カ月後、本人の希望で退職していきました。

 問題の多いスタッフは、院長としても対処に困ると思いますが、かといってすぐに解雇できるものではありません。まずは就業規則の服務規律に、どのような行動が問題となるのか、懲戒の対象となるのはどのような行動なのかを明記しておくことが大切です。また、問題職員に対しては「言っても直らないから放っておく」という対応ではなく、冷静に注意し、その注意の内容について記録をきちんと残しておくことが、将来のトラブル防止につながります。

 とはいえ、解雇は最終手段だと考えておくべきでしょう。どんなに注意しても改善が見込めず、退職してほしい職員がいる場合は、安易に解雇するのではなく、退職勧奨(退職を奨めて合意の上で退職してもらう方法)もありますので、社会保険労務士や弁護士など、専門家に相談するとよいと思います。慢性的な人手不足なので限界はありますが、採用基準を明確に定めて、採用の時点でできるだけ人柄を見極めるようにすることも大切です。

 
〔今回のチェックポイント〕
☐就業規則の服務規律は自院に合った内容ですか。
☐課題のあるスタッフには、定期的もしくは課題が見付かった都度、注意をしていますか。
☐注意・指導の実施日、実施内容について、記録を残していますか。
 
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