2023.06.14
覆面調査ルポ 気になった患者対応、改善の鍵は「3つの共感スキル」
Case58 業務効率化の成果を上げた一方で、患者減少に直面しているクリニック
今回は、大都市郊外にある整形外科クリニックの事例を紹介します。最近、比較的近くに競合クリニックができたことにより、患者が減少傾向にあるという院長からの依頼でした。新しいクリニックができるまでは、患者数がとても多く、予約システムや自動精算機を導入するなどの投資をしたばかりでした。しかし、その矢先に患者が減少し、院長は先行きに大きな不安を抱えていました。どのような問題があるのか、客観的な印象を知りたいということで、覆面調査を実施することになりました。
覆面調査の方法は、「事前通達」と「抜き打ち」の2通り
さて、覆面調査を実施する場合は、事前にスタッフにお知らせする場合と、抜き打ちで行う場合があります。私どもは、調査前に院長や法人担当者と丁寧に打ち合わせを行い、医師とスタッフとの関係やスタッフの性格に応じて最善の方法で実施することにしています。
先生とスタッフの関係が良好で、意欲的なスタッフが多い場合は、より学びを深めるためにあえて抜き打ちで実施することが多いです。一方、スタッフが接遇研修などをあまりしたことがない場合や、後で覆面調査をしたことを伝えたら「なんで教えてくれなかったんですか!」と医師が責められそうな場合は、前もってお伝えしてから調査することもあります。もちろん、だれがいつ行くかについて、あらかじめ教えることはありません。いつ来るか分からないという緊張感によってスタッフの意識が上がり、患者対応が良くなれば、それはそれで良いことだと考えているからです。
今回は、様々な検討をした結果、前もって調査を実施する旨を院長から伝えていただくことになりました。その際、院長からは「個々のスタッフの粗探しをすることが目的ではない」ときっぱりと伝えてもらいました。その上で、患者減少という具体的な問題を解決するため、患者目線でこのクリニックを見たときにどう感じるのか、どこを改善すればよいのかを見つけたいということを明確に説明してもらいました。
業務効率化の成果で「待ち時間はそれほど長くない」
そしていよいよ調査をすることになりました。いつものように、覆面調査員A子が調査に向かいました。そのクリニックは、開院してちょうど10年を迎えたところで、新規開院したクリニックに比べれば新しくはありませんが、経年劣化で古さを感じさせることはなく、落ち着いた雰囲気でした。
患者の減少が課題だと聞いていましたが、平日の10時ごろに車で伺ったところ、駐車場は既にほぼ満車で、スペースが空くまで何度も周回しました。初診のため予約はしていなかったので時間を気にすることはありませんでしたが、予約をしている患者は焦る気持ちになるのではないかと心配になりました。また、混雑しているにもかかわらず、第2駐車場は使用できませんでした。状況に応じて第2駐車場を開放したり、どうしても使えないのであれば理由を説明する張り紙を掲示したりすると親切だと思いました。
診察から検査の流れはスムーズで、スタッフ同士の連携は取れているようでした。初診は予約ができないということで相当な待ち時間を覚悟していきましたが、待ち時間は思ったよりは長くないという印象でした。再診からはインターネットで予約ができることや、自動精算機が導入されていることなど、業務の効率化への積極的な対応の効果が出ているようでした。
図1 今回の診療所のスコア
100点中32点でした。
見えてきた患者対応での課題、言動に心遣いを感じられるか
しかしながら、患者への対応、特に心遣いの点でいくつかの課題が見られました。
まずは、事前の問い合わせの電話をした時の対応です。言葉遣いは正しく、ハキハキと話されていて好印象でした。しかし、「初めてですが、予約は必要ですか?」と質問をすると「よくそういったご質問をお受けするのですが、初診はご予約ができないので!」と少し苛立った口調で話されたのです。この言い方では、「いつも言われて困るんですけれど……」というスタッフの感情が伝わってしまい、この場合はふさわしくないように感じました。「初診の患者様はご予約の必要はありませんので、直接お越しください」と伝えた方が、「予約ができない」というネガティブな情報だけでなく前向きな印象も与えることができてよいと思います。
次に挨拶です。受付スタッフから挨拶がなく、残念でした。診察時に、医師へ「こんにちは。お願いいたします」と挨拶をしても、「はい、今日はどうされましたか」と尋ねるだけで、「挨拶」はありませんでした。「初めまして、こんにちは!本日、担当いたします○○科の○○です」と、お名前だけでも教えていただけると緊張感が和らぎ、安心できると思います。看護師からも、特に挨拶はありませんでした。結局、院長なのか別の医師なのか、どなたが担当されたのか分かりませんでした。
また、先生に「(診察してもらった症状は)老化現象ですかねえ?」と聞くと、「そうですね」とこちらを一切見ることもなく仰いました。40歳代女性の調査員としては、自分を卑下して「老化現象」という言葉を使いましたが、それに対してあっさり真顔で肯定されると、正直なところ、あまり気分がよくありませんでした。せめて笑顔が欲しかったです。
ネット予約や自動精算に手間取る患者に・・・
診察が終わり、待合室で会計を待っていると、受付スタッフと高齢の患者とのやりとりが聞こえてきました。顔を上げて見ると、高齢の患者が受付スタッフに対して、インターネット以外の方法で予約できないかを確認していました。しかしながら「できません。インターネットでできないのであれば、直接来てください」の一点張りで、その方は悲しそうな表情をされていました。
ネットの操作に不慣れな高齢者の立場で考えると、この仕組みはとても不便です。また、カウンターで直接受付スタッフに話しているのに、予約ができないというのは、患者にとっては非常に理解し難いものです。こうした想像力を働かせず、相手に共感する言葉もないと、「なぜここで予約ができないのだろう、できない自分がいけないのではないか」と、患者を悲しい気持ちにさせてしまうことになるのです。
このような場合は、クリニックのシステム上の制約から、インターネットでしか予約ができないことへの共感とお詫びの言葉を丁寧に伝えます。その後、なぜできないのか明確な理由を示した上で、理解していただくようお願いする姿勢が大切です。そうすれば相手への心遣いが伝わり、悲しい思いをさせることはありません。
例えば、「大変ご不便をおかけして本当に申し訳ございません。システムの関係でインターネットから患者様ご本人が操作することでしか予約できない仕組みになっております。再診につきましては、直接お越しいただければ、順番に診察できますので、ご安心ください。お待たせして申し訳ございませんが、何とぞご理解くださいませ」と伝えてみることで、印象が大きく変わるものです。
また、自動精算機のところでは、別の高齢の患者が操作に手間取っており、診察券の認証がなかなかうまくいかない様子でした。すると、別の受付スタッフがアクリル板越しに、「んーもう、だからぁ診察券をかざしてください。ここです、ここ」「ちょっと近いからもっと離して」「あ、離しすぎ!!」と強い調子で声を掛けていました。言われた患者は当惑してオドオドしていました。
診察券のバーコードの読み取りも、不慣れな方にとってはなかなかスムーズにいかないことが多いものです。アクリル板越しでは特に、受付スタッフの声が届きにくく、ついつい声を張り上げてしまい、イライラしているつもりでなくても強い調子で聞こえてしまうこともあります。ですから、戸惑う気持ちに共感し、「うまく読み取れないみたいですね」という言葉を添えることが重要です。「もう少し離してみましょうか」「あと1センチくらい近づけていただいてもよいですか」と具体的に丁寧に伝えていただくと、患者も安心して操作をすることができ、自動精算機に対する不安も解消されているのではないかと思いました。
「言い換え」「繰り返し」のスキルを生かす
このように、このクリニックでは、効率化を推進したことが功を奏して、待ち時間の観点では患者満足度が向上しているものの、ちょっとした心遣いを伝えるための教育が行き届いておらず、特に高齢患者の満足度低下につながっていることが分かりました。
そこで、調査後のフィードバックの接遇研修では、共感を伝える3つのスキルをお伝えしました。
第1に「同じことを言い換える」スキル
第2に「事実を繰り返す」スキル
第3に「感情を繰り返す」スキル
です。
「同じことを言い換える」スキルを用いれば、たとえネガティブな内容でも、柔らかい表現を使うなどして言い換えることで、共感されたという安心感を与えながら、患者の気持ちを和らげる効果が期待できます。先ほどの「老化現象ですかね~」の事例では、「どうしても年を重ねていくと、いろいろありますよね~」などと言い換えることができるでしょう。
「事実を繰り返す」「感情を繰り返す」スキルでは、相手の言動や心情をそのまま言葉にすることで、寄り添いたいと思っているという姿勢を示すことができます。
例えば、患者が診察券の読み取りに苦戦しているときは、「事実を繰り返す」スキルを活用して、「なかなかうまく読み取れないですよね~」と共感した上で使い方のコツを伝えると、柔和な印象を与えられます。
インターネットからでないと予約ができず、患者が困っているときは、「感情を繰り返す」スキルで、「インターネットからしか予約ができないために不便でお困りなんですね」と共感すれば、困っている感情を受け止めようとしていることを伝えられます。
この3つの共感スキルを身に付けるだけで、相手の印象はぐっと良くなるものです。この言葉を言うのにかかる時間は約3秒。効率化に影響はないと思いますので、ぜひ、チャレンジしてみませんか?
〔今回のチェックポイント〕
☐患者が困っているときに共感の言葉を伝えていますか
☐新しい機械やシステムの使い方を伝えるマニュアルを作成していますか
☐患者がどう思うか想像力を働かせて対応していますか
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