2020.12.07
覆面調査ルポ 診察中に「あっ、やっちゃった」とつぶやく30代院長への不安
Case5 先代の急逝で急きょクリニックを承継
今回は、ある地方の内科クリニックのご報告です。幹部のお一人が私どもに調査を依頼しました。当初は、「スタッフの接遇に力を入れているので外部から評価をしてほしい」とおっしゃっていたのですが、よくよくお話を伺うと、患者から見て院長がどのような印象なのかを知りたいというのが、最も大きなご要望でした。
というのも、先代の院長が急逝したために、大学病院で働いていた30歳代前半のご子息が急きょ、後を継いだとのこと。その「若院長」の様子があまりに頼りないため、クリニックのスタッフが不安になっているらしいのです。
早速、弊社のサービスである「サロン・ド・クリニック」(覆面調査)を行いました。
受付職員の身だしなみはすっきりとした印象
覆面調査員のA子がクリニックを訪れました。接遇に力を入れているという話の通り、2人の受付職員の髪はすっきりとまとまっており、身だしなみについて意識していることが伝わってきました。しかしながら、挨拶については、一通りの挨拶はしているものの笑顔が感じられませんでした。
クリニックは疾患を抱えた方とそのご家族が来る場所なので、相手の気持ちに共感し、元気づけるような優しい笑顔で対応することが必要です。マスクをしている職員も多いですが、鏡を見ながら、口を隠しても目が笑っているかどうかを確認して笑顔の練習をするとよいでしょう。以下にチェックポイントを示します。
好印象を与える笑顔の練習方法
・口の形を「イ」の形にする
・口角を上げる
・前歯を少し見せる
・口を隠して目が笑っているかチェックする
「これでいいのかな~」の言葉で一気に不安な気持ちに
さて、本題の院長です。診察室に入ると、院長からの挨拶は何もありませんでした。同室にいた看護師は、「〇〇さん、こんにちは」とハキハキ話されていたので、対照的な印象でした。
また院長の前髪が不自然に長く、目をすっぽりと覆ってしまっていたので、とても暗い印象でした。その上、伏し目がちで落ち着きがなく、おどおどした表情です。
A子が診察を受けると、「これでいいのかな~」とか「あ、やっちゃった」とつぶやきながら診察をするので、とても不安になりました。いったい全体、何をやっちゃったのでしょうか。大変気になりました。しかも、挨拶のときも診察のときも、一度も目が合いませんでした。宙を見るように話をしていたのです。
今回の診療所のスコア
100点中46点でした。
院長の対応の問題点を確認してみましょう。
まずは、身だしなみです。前髪が目や掛かると不潔な印象になりますし、患者からは表情が見えなくなるため不安になります。男性の場合、前髪は分けるか、短く切るなどしておでこをすっきり見せた方が無難です。
また、思ったことをそのまま言葉に出さないようにする必要があります。患者は医師の言葉をよく聞いています。患者にお伝えする必要のないことであれば、口に出すのはやめた方がよいでしょう。ちょっとした不用意な言葉が、患者を疑心暗鬼、不安にさせてしまいます。
患者に話をするときには、アイコンタクトを忘れないようにしたいものです。考えながら話をされているのだとは思いますが、宙を見ていると、患者は不審に感じます。かといって話をしている間、ずっと患者の目を見続ける必要はありません。話の節目に、アイコンタクトを取るようにすると、患者は安心することができます。
ちなみに最近では、電子カルテを活用しているクリニックも多いと思いますが、画面だけを見ながら患者と話すのも同様に、不安を抱かせます。患者に、きちんと診察していない印象を与えてしまう恐れがあるので、時々患者に体を向け、アイコンタクトを取るようにしてください。
診察室内にメディカルクラークがいる場合、医師がメディカルクラークにだけ話をしているケースが見られますが、それでは患者が疎外感を抱いてしまいます。反対に医師とメディカルクラークのコミュニケーションが全くないと、見ている患者はきちんとカルテが記載されているか不安になることがあります。
私は、メディカルクラーク自身も患者にきちんと挨拶をする方が望ましいと考えています。その上で、「以上ですがよろしいですか?」と医師が簡単にメディカルクラークに確認をしてから診察を終えると、患者に安心感を与えられるのではないでしょうか。
まずは教育係の非常勤医師にフィードバック
調査の結果、院長の対応が患者を不安にさせていることが推察されました。とはいえ院長にネガティブな情報をフィードバックするのは少々はばかられる部分もあり、フィードバックの方法について経営幹部と相談しました。
その結果、クリニックで先代院長の時から非常勤医師として、大学病院勤務の傍ら勤務しているB医師に、覆面調査の結果をまず報告することになりました。B医師は先代の親友でもあり、忙しい中、新院長の教育係を引き受けていた方です。
B医師は「私の教育が行き届かず申し訳ない。先代の院長にどうお詫びをしたらよいか。私が責任を持って指導します。同席しますので、覆面調査の結果を直接伝えましょう」と言ってくださいました。それを受けて、院長、B医師、弊社社員が同席し、覆面調査の結果をお伝えしました。
院長は、「患者からどう見られているかについて考えたことがなかった。どうすれば良い印象を与えられるか教えてほしい。外来診療そのものが苦手なので、不安を抱えていた」と話してくれました。
私どもは、院長が患者からどう見られているか、どう振る舞うと安心してもらえるかに関する研修を実施することをお勧めしました。そして、クリニック全体で接遇向上を目指しているということで、クリニックスタッフ全員向けのホスピタリティ・マナー研修を2カ月に1回、1年にわたり行うことになりました。
研修は覆面調査の結果を基に組み立て、第一印象は6秒から30秒という短い時間で決まること、第一印象は見た目と話し方で90%以上決まることを、毎回お伝えしました。また、患者応対ロールプレイを実施して、その様子をビデオに撮影するなどして、客観的にどのように見えるかを互いに確認し合うことも行いました。
院長はスクリーンに写った自分の姿を見てとてもショックを受けていたようでした。ですが、回を重ねるごとに、身だしなみが整い、アイコンタクトが取れるようになっていきました。そして1年後、研修が終了するころには、外来診察にも自信を持てるようになったとのことでした。
院長が明るくなったことで、クリニックで働くスタッフ全体が明るい印象になったことは言うまでもありません。このケースのように、突然の世代交代によりクリニックが一時的に混乱するケースは時折見られますが、トップが内部、外部の指摘に耳を貸し、地道に努力すれば事態は必ず好転するはずです。
〔今回のチェックポイント〕
☐患者に安心感を与える優しい笑顔ができているか
☐顔に髪がかかるなど、不潔な印象を与えていないか
☐患者と話すとき、相手の目を見ているか
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