覆面調査ルポ

2022.01.24

覆面調査ルポ 待ち時間の苦情に“正論”で返してしまうと…

Case48 ネットに「金もうけ主義」と書かれた皮膚科診療所

 今回、覆面調査を行ったのは郊外にある開業4年目の皮膚科クリニックです。メインは保険診療なのですが、自由診療で行う美容皮膚科にも力を入れています。最近、インターネットの口コミ掲示板に、ある患者から苦情の書き込みをされてしまったことがきっかけで、今回、調査することになりました。

 苦情は、待ち時間に対する内容で、次のようなものでした。

 「ちゃんと予約をして行ったのに、他のお金持ちそうな患者ばかりを先に診察していて、保険診療だった自分は順番をどんどん飛ばされてしまいました。保険診療の貧乏人は相手にしていないクリニックのようで不快です。ここは金もうけ主義なので、私は二度と行きたくありません」。

 このクリニックのオペレーション上、実際はこうした事実はなかったのですが、患者の思い込みによって、感情的なコメントを投稿されてしまったようです。

 院長は、こうした書き込みによってスタッフが自信を喪失しているのではないかと心配していました。「覆面調査によって客観的に評価してもらい、具体的な改善点を分析するとともに、良い点は良いと認めてもらい、自信を取り戻すきっかけにしたい」と院長は話していました。


「予約して30分待ち」は普通?
 
 早速、覆面調査員A子が調査を行いました。

 電話で予約したとき、応対したスタッフはきちんと名乗り、言葉遣いも丁寧で第一印象は良かったのですが、予約の希望日程を伝えたところ、困惑している様子がA子に伝わってきました。お返事があるまで1分以上は待ったと思いますが、「大変お待たせいたしました」などの言葉がありませんでした。結果としては予約ができ、日時と内容も復唱してくださったので安心したのですが、そういった時の声かけがもう少しあると、より丁寧だと感じました。

 A子がいざ向かうと、このクリニックは美容皮膚科にも力を入れているだけあって、美意識の高い患者をターゲットにするのにふさわしい洗練された建物でした。

 クリニックの中に入ると、受付のカウンター周辺が全体的に暗く、受付の方の表情などが入り口付近からは見えにくいと感じました。入ってすぐに挨拶や会釈をしてくださったのかどうかはっきりと分からず、早く着き過ぎたのかとA子は不安になったそうです。

 カウンターに近づくと、立ってご挨拶してくださいました。他の患者さんや電話の対応もしていたのでお忙しかったのかもしれませんが、入り口の時点で目を合わせて笑顔で会釈したり、「こんにちは」と声を掛けたりしていただけると、初めてのクリニックに対する不安も解消できると感じました。

 受付スタッフの方々はユニホームをきれいに着こなしていて、髪色やメイクも多くの世代に受け入れられる印象です。

 あるスタッフは、マスクのせいで私の声が聞こえにくかったのかもしれませんが、質問をしたときに「えっ?」と一瞬真顔になっているように見えて、冷たい印象を受けました。マスク姿だと目元しか見えないので、笑顔をより意識して応対すると患者さんに与えるイメージも変わると思います。

 待ち時間が長く、20分たっても順番が回ってこないので、A子が「まだですか?」と聞いたところ、「そうですね。まだ後10分くらいかかると思います」とだけ言われました。予約をしたのにもかかわらず、30分も待たされると思っていなかったので驚きました。おわびの言葉もなく、待たせることが当たり前になっているのではないかと感じました。

 時間に余裕があり、性格もおおらかな患者さんであれば、特に気になることはないレベルではありますが、人によってはこの対応をした時点で立腹されてしまう可能性があると思いました。

 
今回の診療所のスコア


100点中56点でした。


苦情対応の基本とは?
 
 このクリニックでは、スタッフの言葉遣いは適切で、身だしなみも整っていたのですが、さらに一歩踏み込んだ気の利いた対応には課題があると感じました。ネット掲示板の書き込みのこともありますので、これらの結果を踏まえ、「苦情対応」をテーマとしてフィードバック研修を行いました。

 医療機関に寄せられる苦情の場合、実は全体の7割が誤解から生まれたものだといわれています。医療サービスにはどうしても不確実性が伴うため、同じ治療をしたからといって同じように回復するとは限りませんし、検査をしたからといっても、必ず原因を突き止められるわけではありません。

 ところが、患者はお金を払えば必ず求めるものが手に入るというイメージを持っていることが多いのです。ですから医療においては、患者に誤解を与えることのないよう、信頼関係を構築し、患者の認識を確認しながら丁寧に説明することが必要です。

 今回は待ち時間が原因なので、医療そのものへの不満でありませんが、待ち時間に関しても、どのように対応するかによって、大きな苦情に発展することもあれば、逆にファンになってくれることにもつながります。

 苦情があったときの基本的な対応は、次の通りです。

 
(1)相手の話をよく聞く
言い訳をせず、話の途中で口を挟まないことが大切です。「はい」「さようでございますか」といった相づちを打ちます。

(2)感情に共感する
表情、態度、言葉で相手の感情に対する共感を示します。言葉の例としては、「大変な思いをされたのですね」「それはお辛いですね」などがあります。

(3)不快な思いをさせたことにはおわび
医療機関側が責められることをしたかどうかといった事実関係によらず、患者に不快な思いをさせたことについて、おわびをします。「このたびは不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」など。

(4)相手が落ち着いてから、事実の確認
相手の感情が落ち着いて、お話ができる状況であれば、椅子にかけていただくなどしてから、事実を確認します。「もし、よろしければ、○○の状況についてもう少し詳しくお話をお聞かせいただきたいのですが」など。

(5)解決策等の提案
今後、同じような行き違いが起きないように提案します。患者の表情や感情に注意して、言葉を選びながら伝えることがポイントです。「今後に関しまして、例えば○○という方法もございますが、いかがでしょうか」など。

 
 外来患者の不満のトップは診察の待ち時間だといわれています。メディネットが13病院・4681人を対象に実施した調査によると、診察の待ち時間が40分を超えることで、3分の1の患者が不満に感じ、90分を超えると70%近くの人が不満に感じていました(同社ウェブサイトのマーケティングレポートによる)。

 難しいのは待ち時間が30~40分の場合で、クリニックとしては「それほど待たせていない」という感覚を持つところも多いかもしれませんが、同調査では19.5%の患者が「待たされている」と感じ、不満を抱くようでした。今回の覆面調査においても、クリニックのスタッフとしては「それほどでもない」「よくある」レベルだと感じていたのですが、患者にとっては「予約しているのに、何でこんなに待たされるの?」と、不満が生まれていました。

 これは同じ30~40分であっても、その時間に対する感覚がスタッフと患者とでは違うからです。こういったちょっとした感覚、意識の違いが信頼関係の構築を阻害し、誤解を与えてしまうのです。

 スタッフとしては、患者との感覚・意識の違いを理解し、そこから発生する感情のすれ違いを認識しておくことが大事です。また、患者が伝えたいメッセージ、スタッフが伝えたいメッセージも整理して、対応することが重要です。


「お金持ちの患者を優先するな」という苦情への対応は?
 
 フィードバック研修では、今回の口コミサイトの患者が、直接クリニックに苦情を言った場合に、どのように対応すべきか考えてみました。

 
ケーススタディ

 患者から次のように言われました。あなたならどうしますか?

 「ちゃんと予約をしたのに、お金持ちそうな他の患者ばかりを先に診察していて、保険診療の自分は順番をどんどん飛ばされています。ここは保険診療の貧乏人は相手にしていないクリニックなんですか? 不快だわ」

 まずは、事実、感情、要求を整理します。

○患者にとっての事実
自分は予約したのに、お金持ちに見える他の患者ばかりを先に診察していて、保険診療の自分は順番を飛ばされているように見える。

○患者の感情
保険診療の貧乏人は相手にしないクリニックのようで、不快。

○患者の要求
公平に扱ってほしい。

○スタッフにとっての事実
順番に診察している。予約した患者さんでも30分程度の待ち時間はよくあること。

○スタッフの感情
自分たちが「差別をしている」と思われて困惑。威圧的な言い方で怖い。

○スタッフの要求
保険・自費にかかわらず順番に診察していることを信じてほしい。診察時間を均一にすることができないため、状況に応じて待ち時間が発生してしまうことを理解してほしい。

これらを整理した上で、スタッフの皆さんで話し合った結果、以下のような受け答えをすることになりました。

患者 ちゃんと予約をしたのに、お金持ちそうな他の患者ばかりを先に診察していて、保険診療の自分は順番をどんどん飛ばされているのですけど。

スタッフ 予約をされたのに、なかなか呼ばれていないということですね。お待たせして大変申し訳ございませんでした。
(POINT:まずはしっかり聴く。お待たせしたことに対する共感とおわび)

患者 ここは保険診療の貧乏人は相手にしていないクリニックなんですか? 不快だわ。

スタッフ 不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。
(POINT:不快な思いをさせたことに対する共感とおわび)

患者 で、いつ呼ばれるんですか?

スタッフ はい。すぐにお調べいたしますので、恐れ入りますが、お名前をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。
(POINT:クッション言葉を加えたうえで、事実の確認)

患者 ○○○○です。

スタッフ ○○様でいらっしゃいますね。このたびはご予約ありがとうございます。大変申し訳ございませんが、順調に進んだとしてもあと15分ほどお待ちいただかなければなりません。
(アイコンタクトを取りながら、相手の感情に配慮して、事実を伝える)

患者 あと15分も! 私、飛ばされていませんか? さっきから、私より後から来た人が呼ばれてるのですけど。

スタッフ 申し訳ございません。お車でお待ちいただいている方もいらっしゃいますので、その方々かもしれません。
(POINT:患者の気持ちに共感し、疑問に誠実に答える)

患者 そうなの?

スタッフ ○○様もお車でお待ちいただくことも可能ですが、いかがでしょうか?
(POINT:提案+「いかがでしょうか?」で相手に選択を委ねる)

患者 そうなのね。じゃあ車で待たせてもらうわ。最初からそう言ってくれればいいのに。

スタッフ ご案内が不足しており、ご心配をおかけしました。それでは○時○○分には再度、待合室にお戻りいただきますようお願いいたします。
(POINT:ご案内不足、ご心配に対するおわび、要望)

患者 はい、分かりました。

スタッフ それでは、ご不便をおかけしますが、よろしくお願いいたします。ご理解くださりありがとうございます。
(POINT:理解してくれたことへの感謝)

 
 いかがでしょうか。相手の話をよく聞き、共感した上で、まずは不快な思いをさせたことをおわびする──。その上で事実関係の誤解を解くことが大事になるのです。仮に、最初から患者さんに「順番通りに診察しています」「予約しても待ち時間が30分程度生じることはよくある」というような医療機関側から見た“正論”をぶつけてしまうと、患者さんは心を閉ざし、関係を修復するのが困難になってしまいます。

 苦情対応について、皆で話し合うことによって、スタッフの方々は以下のような気付きを得たとのことでした。

 「苦情に対して、説明を一方的にするのではなく、話をよく聞いた上で、患者さんの感情に気を配りながら、説明や代替案を示すことが大切だと思いました」

 「患者さんの立場に立って、苦情をきっかけにファンになってもらうような対応をしていきたいと思いました」

 「提案するときに『○○でよろしいでしょうか?』ではなく、『○○はいかがでしょうか?』と声を掛けると、印象が変わると感じました」

 後日、ネット掲示板への書き込みをした患者を特定することができたので、しっかりとおわびをして、丁寧に説明したところ、納得していただけたとのことでした。この方は現在もクリニックに通ってくださっているそうです。

 
〔苦情対応のチェックポイント〕
☐患者の意見を誠実に聞いていますか?
☐気持ちに共感し、共感の言葉を伝えていますか?
☐認識のギャップが存在することを意識していますか?
☐解決策は相手に選んでもらえるように提案していますか?
 
日経メディカルオンライン掲載記事はこちら
研修メニューはこちら

PAGETOP